#703 メモリーズ・オブ・サマー ~ アダム・グジンスキ監督インタビュー ~(1)

 

道路の水たまりに、後ろ姿の母子が映るーー

この美しいオープニング・シーンを観ただけで、映画館に観に来た人は「来てよかった」と思うのではないでしょうか?

3月にご紹介した『希望の灯り』のトーマス・ステューバー監督といい、世界にはまだまだ知られざる才能溢れる監督がいるもの。

ポーランド出身の注目監督、公開中の『メモリーズ・オブ・サマー』を手掛けたアダム・グジンスキ監督にインタビューしてきました。

 

 

美しくも印象的なオープニング・シーンを経て描かれるのは、30代の母親と12歳の息子のひと夏の風景。

記憶の中の夏をのぞき見ているかのように、どこかクラシックで懐かしい色彩の風景が広がります。舞台は1970年代の末。ちょうど監督が主人公の少年ピョトレックの年頃ですが……。

「そうですね。でも、僕自身の母との関係は、この映画とはちょっと違います(笑)」とグジンスキ監督。

そうなのです。この映画に描かれる母と息子の関係は、健やかな母子の境界線をかすかに踏み超えそうな危うさを含んでいるのです。

「この母親は、夫が出稼ぎに出ていて、12歳の息子にまるで恋人みたいに接するんです」。

その踏み越え具合の描き方が、絶妙。そこは、監督がこの映画を描こうと思った動機とも関係していて、それについては次回お届けしたいと思いますが、このお母さん、ニュースになりそうなほど「悪いお母さん」というわけではありません。

けれど、やはり「お母さん」ではないのです。そのお母さんの踏み越え具合を演じる女優のウルシュラ・グラボフスカの罪な存在感が鮮烈。そして鮮烈といえば、主人公の少年・ピョトレックを演じるマックス・ヤスチシェンプスキ。

 

 

「少年役のオーディションは、実は2年かかりました。少年役だけどうしてもぴったりの子が見つからなくて、撮影を1年先に延ばしたんです。僕が求めていたのは、外見的な美しさではなく、まさに映画の中のピョトレックみたいな表情なんです」

運命の出会いは、意外にも身近な場所にあったそうです。それはポーランドの首都、ワルシャワのなんと普通の小学校。

「ワルシャワとウッチ、ふたつの街で2年間探しましたが、最終的にワルシャワの普通の小学校を観て回った時に、彼を見つけたんです。これが初の演技ですが、本当にすばらしい俳優だと思います。複雑な感情を抱えた役ですが、それを表情や行動で表現する才能があるんですね。難しい課題を見事にやり遂げてくれました」

説明的なところのない本作は、少年の表情によって物語が語られていきます。その微妙な表情。夏のやわらかな陽射しの中、ピョトレックの心模様が焼き付きます。演技初体験の彼に、監督はどんな演出をしたのでしょうか。

「台本は渡しませんでした。撮影の直前に『このシーンは、こういう感情で演じてください』とだけ伝えて。ただ、撮影に入ってみたら、彼はとても記憶力と集中力があるんです。スクリプター(記録)の女性が驚いていたのですが、プロの俳優以上に同じ演技を繰り返すことができるんですね」

母親とチェスをしながら微妙な機微を見せる場面があるのですが、監督はほとんど指示を出していないというから驚き。夜中におしゃれして母親が出ていった後、ひとり暗い窓辺で電車の音を聞きながら、思いに更ける表情も印象的です。

「彼はもう映画の世界で実際に生きているようでした。僕はそれを邪魔しないように撮影すればよかったんです。彼にそのシーンの感情を伝えると、見事に表現してくれるので。ただ、今回、順撮りではなかったので、僕自身が映画の感情の流れを間違えないようにしなければと必死でした(笑)。そのぐらい彼はよかったですね」

 

 

次回は、監督がなぜこの映画を描こうと思ったのか、この母と息子に込めた思いに迫りたいと思います。どうぞお楽しみに!

 

YEBISUガーデンシネマ、UPLINK吉祥寺にて公開中。そのほか全国順次公開。

公式サイト:http://memories-of-summer-movie.jp/

予告編:https://youtu.be/48g7sMIi0hU

 

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