#684『僕は猟師になった』

この春の自粛期間を経て、しばらく映画館に出かけていないという人も少なくないのではないでしょうか。映画館の空調のよさなど、安全性も徐々に知られ、少しずつ映画館に人が戻ってきている昨今。こちらのサイトでも、新作映画のご紹介を再開したいと思います。

今回の映画は『僕は猟師になった』。そう聞いて、同じタイトルの書籍を思い出した方もいるかもしれません。2008年に出版されたこちらの本は、わたしの周りでも当時、随分と話題になりました。著者は千松信也さん。京都大学を卒業して「猟師になった」ご本人です。映画は、そんな千松さんとご家族の日常を追います。

冒頭から自分の話で何ですが、大学でモンゴル語を専攻していたことから、モンゴルの大草原で生活していたことがあります。

家畜の山羊をいただく時、それまで気さくだった一家が、日本から来た私たちにその過程を見せるべきなのか、とても真剣な顔で話し合っていました。「これは見せものではないから……」と。

山羊の最期を苦しませないこと、皮も骨もどこも無駄にしないこと――。さっきまで歩いていた山羊をいただいて、食べるというのは、「命」をいただくことなのだと実感した出来事でした。

ただ、「狩り」というのは、深く感謝して家畜をいただくこととは、だいぶ違う印象を受けます。猟を目にしたのは、この映画が初めてでした。ショックでした。罠に掛かった猪や鹿の苦しそうな声――。

私たちは時にネイチャー番組などで肉食獣が草食獣を捕える瞬間を目にすることがあります。野生の厳しさを思い知らされる瞬間です。

千松さんの狩りの様子を見ていて感じたのは、狩りをするというのは、この野生動物たちの「弱肉強食のヒエラルキー」に人間もいきもののひとつとして参加する行為なのだということ。

そして、きっと千松さんもそう思っているのだろう、と感じたのが、彼が大けがをした時の場面。

大けがをした千松さんは、医師から手術を勧められます。けれど、千松さんは「野生動物も怪我は自然に治すのに、自分だけ手術して治すというのも……」みたいなことを言うのです。「こうしてギプスをしているだけで有利なのに」と。

食べる側と食べられる側の、言ってみれば、闘うライバルに向ける敬意と不思議な愛情のようなものが感じられる瞬間。狩りをして、食べるということは――。

千松さんは、いいことを言おうとするでもなく、淡々と17年続けてきたという猟師の営みをしている。けれど、そこには自然の一部であることを忘れていない人間の、祈りのようなものが映っているような気がします。今、この映画が公開されたことに、何か意味があるように思えるのは、私だけでしょうか――。

8月22日より公開中。

公式サイト:https://www.magichour.co.jp/ryoushi/

(文:多賀谷浩子)

#683 『つつんで、ひらいて』広瀬奈々子監督インタビューvol.2

昨年12月から公開されている映画『つつんで、ひらいて』。2019年公開の映画『夜明け』でデビューした広瀬奈々子監督が、装幀家・菊地信義さんにカメラを向けたドキュメンタリーです。

過剰な説明を伴わず、ぽつりぽつりと清潔に伝えられる菊地さんの印象的な言葉。すでに本作をご覧になった方も多いだろうこの時期、そんな言葉を頼りに、この映画のこと、改めて監督に伺いました。映画を思い出しながら、お楽しみいただけたら幸いです。 “#683 『つつんで、ひらいて』広瀬奈々子監督インタビューvol.2” の続きを読む

#682 『つつんで、ひらいて』広瀬奈々子監督インタビューvol.1

ネットで簡単に本が手に入る時代になりましたが、なんとなく本屋さんを見て回って、装幀に惹かれた本を買って帰るのが好きな人、今も多いのではないでしょうか。

見知らぬ本の持ち味が、ほんの一瞬の印象だけで、ちゃんと読み手に届く。そのことに敬意と愛着が止まらないのですが、公開中の映画『つつんで、ひらいて』はそんな「装幀」の仕事に光を当てた映画。装幀者・菊地信義さんを追ったドキュメンタリーです。

手掛けたのは、ほぼ1年前にデビュー作『夜明け』が公開された広瀬奈々子監督。お話を伺ってきたので、何回かに分けて、お届けしたいと思います。余白の美しさに心がすっとする、新たな年を迎えるこの時期にも似合いの作品。ぜひ映画をご覧になって、お読みください。

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#681 第20回 東京フィルメックス リポート vol. 1

 

今年で20回を迎えた東京フィルメックス。

第1回の製作発表会見を思い起こし、この20年間に上映されてきた作品を振り返ってみると、なかなかに感慨深いものがあります。

今年は第1回で最優秀作品賞を受賞した『ふたりの人魚』のロウ・イエ監督の新作『シャドウプレイ』で幕を開け、例年以上に力のある映画が揃った感がありました。

そんな映画祭期間中にさり気なく行われたのが、1月18日に公開される映画『オルジャスの白い馬』の主演女優サマル・イェスリャーモアさんのトークイベント。前回の東京国際映画祭リポートのつづきとして、お読みください。

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#680 第32回 東京国際映画祭リポート vol.2

 

前回に続いて、第32回 東京国際映画祭の模様をお届けします。

今回、ご紹介するのは中央アジアの大自然を舞台にした2作品。コンペ部門の『チャクトゥとサルラ』、そして1月に劇場公開を控える特別招待作品部門の『オルジャスの白い馬』です。

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#679 第32回 東京国際映画祭リポート vol.1

 

今年も10月28日から11月5日まで、東京・六本木ヒルズを中心に開催された東京国際映画祭。

映画祭の主軸となるコンペティション部門でグランプリを受賞したのは『わたしの叔父さん』。『Uncle』という英語タイトルのデンマーク映画です。シブイ英題からも感じられるとおり、この映画、滋味深いのです……。

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#678 『アド・アストラ』 ブラッド・ピット 会見レポート

 

主人公は、父と同じ宇宙飛行士の道を選んだ男。しかし、父は宇宙に探査に出てから16年、太陽系のはるか彼方、海王星で行方不明になってしまう――そんな父の謎を追い、地球から43億キロ離れた宇宙の果てにやってきた主人公が見つけたものとは――。

プロデューサーとしての「目」も評価の高いブラッド・ピットが自らプロデューサーを務め、初の宇宙飛行士役で主演している本作。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に続き、年齢を経た今だからこそ滲み出る、味わい深さを感じさせるブラッド・ピットが来日。宇宙にちなみ、毛利衛さんが館長を務める科学未来館を会場に、記者会見が行われました。

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#677 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 レオナルド・ディカプリオ&クエンティン・タランティーノ 会見レポート(2)

 

映画の舞台は、アポロ11号の月面着陸に沸いた1969年。ヒッピー・カルチャーが盛り上がり、TVスターが映画へと活躍の場を移していく返還期。

そんな時代を生きているのが、時代の波に乗り切れないかつてのTVスター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼が雇ったマイペースの付き人兼スタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。

架空のキャラクター二人を、映画の都ハリウッドに実在した人物たちの中に描き、タランティーノならではの遊びを込めながらも、見終わる頃には何とも言えないジーンとした気持ちにさせる映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。

映画が公開され、すでに観た方も多いのでは……ということで、今回は少し映画の内容に触れながら、前回に続き、レオナルド・ディカプリオ&クエンティン・タランティーノ監督の会見の模様をお届けしたいと思います。

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#676 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 レオナルド・ディカプリオ&クエンティン・タランティーノ会見レポート

 

むかしむかし、ハリウッドでは……

誰もが知る映画の都ハリウッド。その「面白い時代」のさなか1969年を舞台に、奇才クエンティン・タランティーノが描いた作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が本日から公開されています。

主演は、これまでも共演が何度か囁かれながらも実現しなかった2大スター、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピット。二人が演じるのは、落ち目の俳優リック・ダルトンと、彼のスタントマン、クリフ・ブース。

二人のバディがとにかくよくて、ちょっとジーンとさえしてしまうのですが、実はこの二人は架空の人物。69年に起きた「シャロン・テート事件」を実在の人物たちを配して描きながら、そこにこの架空の二人を配置したアイディアが秀逸なんです。

そんなストーリーに至った経緯や、撮影時のこと、そしてこの時代がどう「面白い時代」なのかーー。たっぷり約1時間語ってくれた記者会見の模様をお届けします。

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#675 響きあうアジア 2019「東南アジア映画の巨匠たち」~ 『見えるもの、見えざるもの』 カミラ・アンディニ監督インタビュー

 

皆さんは、カミラ・アンディニという映画監督をご存じですか?

1986年生まれの彼女は、インドネシア映画界を牽引してきたガリン・ヌグロホ監督の娘さん。デビュー作『鏡は嘘をつかない』(11)が東京国際映画祭でも注目され、第2作『見えるもの、見えざるもの』は2年前の東京フィルメックスで最優秀作品賞に輝きました。

そんなカミラ監督が先月、来日しました。東南アジアのパワフルな名匠たちの作品を集めた特集上映<響きあうアジア 2019「東南アジア映画の巨匠たち」>で『見えるもの、見えざるもの』が上映されたのです。

こちらの映画は残念ながら日本でまだ配給されていませんが、インドネシアならではの表現で、病の弟を案じる主人公の心のありようをみずみずしく描いています。以前からお話を伺ってみたかったカミラ監督にインタビューさせていただきました。

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