#702 こどもしょくどう 日向寺太郎監督インタビュー(4)

 

2ヶ月にわたって掲載してきた『こどもしょくどう』日向寺太郎監督のインタビューも、今回が最終回。

映画が「エンターテイメントのひとつ」として消費されがちな傾向にある昨今。あらためて1本の映画の製作過程に目を向けてみると、そこには観客が受け取りきれないほどたくさんの「決定」が詰まっていることに気づかされます。

映画作りは、ゼロから作品世界を作り上げる作業。何気なく観ていると気づかない細部に至るまで、ひとつひとつを決定しながら1本の作品ができあがっている。『こどもしょくどう』のそんな「ひとつひとつ」。少しだけ掘り下げてみたいと思います。

音楽から観る『こどもしょくどう』

 

―日向寺監督の作品は、これまでも音楽がいいですね。デビュー作『誰がために』は矢野顕子さんですし、今回は『火垂るの墓』で組まれた渡辺香津美さんと谷川公子さんと再び組まれています。

本当は音楽家が先に決まっていた方がいいのですが、僕の場合、これまでの全作品で、撮り終えた後に、どういう音楽がいいかを考えているんです。今回の映画は、ピアノだと音楽が強すぎてしまう気がして。

―子どもたちの繊細な物語が描かれていますものね。

ギターのやさしい音色がいいんじゃないかと思って、渡辺さんと谷川さん、お二人のユニット「Castle In The Air」にお願いしたいなと。作業としては、僕がどの場面に音楽をつけたいかをだいたいお話して。すると、こちらのお二人は異論がないんです。

―そうなんですね。

音楽家の方によって、やり方が違うんですよ。映像を観て、たくさん曲が溢れてくるという方もいるし。『爆心 長崎の空』に音楽が多いのは、小曽根真さんがたくさん作ってきてくださったからという理由もあるんです。

―映画音楽って、監督から音楽家にイメージを伝えるのが、すごく難しい気がします。どんなことをお伝えになったのですか?

僕がいつも思っているのは、映画の中で音楽が残るようにしたいんです。極端な話、1曲でもいいんですよ。あとは楽器を変えたり、アコースティックにしたり、アレンジは変えていただいて。そうしたら、「1曲でがんばってみます」とおっしゃってくださって。

―それでできあがったのが?

海の回想シーンで流している曲なんです。ただ、あの曲だと、僕が「1曲で通す」ということでイメージしていた曲とは少し違っていたんですね。もうちょっと切ない感じがよかったんです。そうしたら、谷川さんが「最初に作った曲がいいんじゃない?」って。パソコンにデモが入っていて。聴かせていただいたら、すごくいいんです。それで、あの2曲になりました。

 

カメラマンから観る『こどもしょくどう』

 

―カメラマンは大御所の鈴木達夫さんです。

黒木さん(日向寺監督が長年にわたり師事していた黒木和雄監督)がいちばん組んでいるカメラマンなんです。僕が黒木さんの助監督をした映画では、ご一緒したことはないんですけれど。面識はありましたが、年齢的にもキャリア的にも雲の上の存在ですから、一緒にやるというのは考えたことがなかったんですね。

―今回、組まれることになったのは?

プロデューサーの鈴木ワタルさんから、「師匠が組んでいたカメラマンと一度もやらなくていいんですか?」と言われて。

―素敵ですね。

まったく飾らない方で、裏表もないし、コミュニケーションのとりやすい方でした。親子ほど年齢が離れていますが、今年84才で今(取材したのは3月)も別の映画を撮影中で。本当に勉強になりました。

―例えば、どんなところですか?

鈴木梨央ちゃん演じるミチルがコンビニで万引きして捕まるシーンあるでしょう。その後、店の裏で怒られて出てくるんですけれど、出てきた後、後ろ姿と正面から撮っている2カットは、その2カットだけコマ数を変えているんです。

―そうなんですね。

昔のフィルムだと1秒24コマで、今のデジタルだと30フレームという言い方をするのですが、コマ数を増やすとスローになるんです。逆にコマ数を減らすと、例えば24コマを12コマに落とすと、チャップリンの映画のようなコミカルな画になるわけです。

―2カットだけ、一瞬スローになっているんですね。

そうなんです。気づく人は気づくと思うんですけれど、いかにもというやり方ではないんですよ。24コマを30コマにしていて。その方が、梨央ちゃんの表情が観ている人の印象に残るんです。しかも、鈴木さん、こちらが質問すると、すごく教えてくれる方なんですよ。例えば、「坂道を撮る時、坂を強調したいなら、カメラを高くした方がいい」とか、本当にいろいろなことを教えてくださって。とても勉強になりました。

―いろいろなテクニックがあるんですね。

テクニックというと、怒られます(笑)。撮影前に鈴木さんと飲んだんですよ。二人だけで飲むのは初めてだったんですけれど、そういうテクニック……鈴木さんの引き出しの多さの話をしたら、「俺は過去の映画のことはまったく考えていない。この映画を初めて撮るつもりで撮るんだから、過去の引き出しで撮るつもりはない」って。若いんです。

―かっこいい。いい画を撮るのに、一番適したことをやるだけということですね。

そうです。新しい映画を撮るんだと。とはいえ、そういうコマ数とか、いろいろなことを考えながら撮って下さるから勉強になるんです。もっと早くからお願いすればよかったと思うぐらいすごい方でした。

―黒木監督がいちばん組まれている鈴木さんのお話を伺ったので、黒木監督のことを伺ってもいいですか?

はい。

―日向寺監督は日大芸術学部の映画学科を卒業後、黒木監督に直接、お手紙を書かれて、助監督になられたんですよね。その後、長年師事されていたわけですが、今、日向寺監督の商業映画デビューから14年経って、改めて黒木監督のすごいなと思われるところ、ひとつ教えていただけますか?

これ、有名な話なんですけれど、黒木さんは撮影中に何も言わないとよく言われるんです。ある面では、そのとおりなんですけど、身近にいると実はそうじゃないんですよ。言葉を変えると、ものすごく貪欲な人なんです。

―どういうことですか?

監督が何かを言ってしまうと、それはもう決定になるでしょう。映画ってひとつずつ決定しないといけないから、(目の前のスマホを見て)「(映画の中で)この携帯を使いましょう」と監督が言ったら、それは決定じゃないですか。でも、黒木さんが何も言わなかったら、助監督と小道具の人が「これとこれ、どっちにしますか?」っていくつか候補の携帯を自分たちで考えて探して持って来ざるを得ないじゃないですか。

―そうですね。

その中に監督の案よりもいいものがあるかもしれない。その可能性を常に考えているんだと僕には見えました。だから、黒木組のスタッフは自由なんですよ。意見が言えて、楽しいんです。僕が助監督で「この携帯がいいと思います」と提案して、そのシーンに採用されたらうれしいじゃないですか。そうやって皆の意見が出てから、いちばん最後に自分の考えを言う。なかなかできないんですよ。普通はそこまで待てないですから。そういうところ、やはりすごいなと思いますね。

子どもたちが置かれた今を、劇映画ならではの形で「実感」させてくれた『こどもしょくどう』。日向寺監督の次回作は日中合作だそうです。こちらも楽しみです。

TEXT:多賀谷浩子

CINEMA Chupuki TABATA(6月30日まで)、横浜シネマ・ジャック&ベティ(6月28日まで)にて公開中。そのほか全国順次公開中。

公式サイト:https://kodomoshokudo.pal-ep.com/