#770 黒の牛 蔦哲一朗監督 リー・カンションさんインタビュー vol.1

先月末から公開されている『黒の牛』。

人が悟りにいたるまでの道程を描いた禅に伝わる「十牛図」をもとに、第一図から第十図に至る過程を、ほぼ台詞を交えることなく、存在の力で見せていく本作。それだけに水墨画のように広がる映像世界、その圧倒的な静けさにいつしか引き込まれます。

昨年12月に牛嶋神社で行われた本作のプロモーション・イベントで「自分の30代を捧げた作品」と語っていた蔦哲一朗監督。

前作の『祖谷物語―おくのひと―』が公開されたのは2014年のこと。原作のないオリジナル作品を撮ろうとすると、資金集めが難航することが多いですが、こちらの映画も完成までに8年、公開まで10年の歳月がかかっていると云います。

『祖谷物語』を撮られたのは20代。『黒の牛』といい、大自然と人間という壮大なテーマを若い頃から追われている蔦監督。そこに至るまでには、どんな過程があったのでしょう。

例えば、子ども時代。『祖谷物語』は徳島県の人里離れた祖谷の大自然を舞台にしていましたが、監督ご自身も徳島のご出身。まずは、そこから伺ってみました。

蔦監督「基本的にはサッカー少年です。毎日、部活をやっていました。親が自然に連れていってくれたので、山登りや川遊びして自然の中で遊ぶのは日常でしたし、釣りも好きで、ブラックバスも時間があったら釣りに行っていました。家から5分のところに吉野川という大きな川が流れていたので」

そんな少年時代、1本の映画に出会います。

蔦監督「映画が好きで、いろいろな映画を観ていましたが、いちばん衝撃的だったのは中学1年生の時に映画館で観た『もののけ姫』です。

もともと自然の中で遊んでいましたから、自分の遊んでいた場所が公共事業でコンクリートで埋め立てられたりするのを見て、「嫌だな」という感覚がありました。

環境破壊に対する意識が自分の中に芽生えた頃に、この映画と出会って、こういうテーマを映画で伝えられるんだということが驚きでした。そこから自分も作ってみたいと思いはじめたのかなと思います。

あとは、こういうインタビューを受けていて思い出したのですが、中学校の時に、蛍を街に呼び戻す活動をやっていました。

清流を作って、ほたるの幼虫を逃がして、夏になったら蛍が飛びはじめるように。蛍が住める街にしたいという、そういう思いは当時からあったのかなと思います」

こちらの映画をご覧になった方の中に強く印象的に残っているだろう場面が、主人公の男が牛とともに、ひたすら田んぼを耕すシーン。台詞をまじえることなく、長回しで撮影された映像は、なんともいえず力があります。

主人公を演じるのは、リー・カンションさん。台湾の名匠ツァイ・ミンリャンの映画に欠かせない存在です。

ほぼ台詞のないツァイ・ミンリャン作品で醸し出す、唯一無二の存在感。行者の袈裟を身にまとい、世界の街を歩く“Walker”シリーズ(日本では劇場未公開)も、東京フィルメックスで上映されるたび、この映画を待っている日本のファンの多さに気づかされます。

こちらの田んぼのシーン。あれだけの長回し、撮影はさぞ大変だったのではないでしょうか。監督とリーさんに伺ってみました。

蔦監督「あのカットが最初にイメージした、この映画で撮りたいカットです。あのカットを真ん中に置いて、他のカットを肉付けして作品全体ができていったぐらい、あのシーンが核となる映画だと思っています。

それはリーさんにも撮影前にお伝えしました。こだわったカットですから、リーさんは体力的に大変だったと思います。映画のあのままの長さのカットを4回くらいやっていただいたので。体力的には限界だったのではないでしょうか」

監督にそう言われたリーさん。あれだけの長回しを撮り終えた後に、「もう1回」と言われた時の心境をお尋ねすると、

リーさん「(笑いながら)もう1回と言われて? 別に腹が立ったりはしないですよ。倒れそうになるところまで、毎テイク必死に、やれるところまでやりました。

(穏やかに)あのシーンで大変だったことですよね? いくつかお話しますね。まず、田んぼのぬかるみ。ドロドロなので、足を上げようとしても力を入れないと足が抜けないんです。

ホースで水を流しながら撮影しますから、限られた時間内に撮り終えないといけない、ということもありました。あとは、やはり、牛の“ふくよ”ですね。呼吸を合わせないと撮影ができないですから。ふくよがくるりと回ると、僕も引っ張られて倒れそうになるので、一緒に回らないといけないだとか、そういう大変さはありました。

あとは田中泯さんとの雨のシーンも大変でした。当時の年齢で、僕と泯さんを合わせると、120歳になるのです。そんな二人ががんばって演じたシーンです(笑)」

そんなリーさんの話を受けて、

蔦監督「そのおかげで、リーさんと牛が身体的にも精神的にも一つになるという感じを表現できたのではないかと思います。やっぱり、あのカットが、二人が切磋琢磨しながら一つになっていく象徴的なカットだと思うので。あの姿が現代を生きる我々にも通じていると僕は思っています。

この映画は人類史的な部分も描いているというか、人が生まれてから人類そのものがなくなっていく、そのぐらいまでの過程を描いているところもあります。だから、その過程の真ん中のあのカットが、今の僕たちを象徴しているのではないかと思っています」

冒頭でもお伝えしましたが、禅に伝わる「十牛図」を元にした本作。第一図から始まり、後半の第七図以降、監督がお話されたことを思わせるシーンも印象深い。日本映画として初めて70ミリフィルムで撮影されているシーンも効果的です。

大事なお話が伺えたところで、インタビューは次回へ続きます。

取材・文:多賀谷浩子

『黒の牛』公開中。

公式サイト:https://alfazbetmovie.com/kuronoushi/

『黒の牛』上映用フィルムのクラウドファンディング

https://motion-gallery.net/projects/KURONOUSHI

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配給:alfazbet、ニコニコフィルム、ムーリンプロダクション