#700 こどもしょくどう 日向寺太郎監督インタビュー(2)

 

先週、ご紹介した映画『こどもしょくどう』。

子ども食堂というものが必要とされ、世の中に生まれる背景には、社会の片隅に生きる子どもたちの声にならない声があるーー。そこに焦点を当てたところに、この映画の美しさがあるように思います。

子どもたちの自然な演技を引き出した演出には、ある大きな「賭け」があったそうです。どういうことなのでしょうか。今週も日向寺太郎監督のインタビューをお届けします。

演出中の日向寺太郎監督

子どもたちの撮影、実は「賭け」だったんです

 

インタビューに入る前に、少し作品のお話を。この映画、子どもたちが野球をしている場面から始まります。そのうちのひとりが、本作の主人公・ユウト(藤本哉汰)。彼は食堂を営む両親(吉岡秀隆・常盤貴子)の元で暮らしています。

ユウトには、タカシ(浅川蓮)という幼なじみがいて、タカシのお母さんは家を空けがち。ユウトの家の食堂に、たびたび夕ご飯を食べに来ます。そんな二人がある日、川沿いで出会ったのが、ワゴン車の中で父親と暮らす同世代の姉妹、ミチル(鈴木梨央)とヒカル(古川凜)。そんな子どもたちの出会いから、物語が動き出します。

 

―子どもたちが自然でした。

今回、ユウトもタカシもミチルも台詞が多い役ではないので、表情や仕草で感情が伝わらないといけない。そこが大事でした。今回、「子どもたちの演技がいい」とよく言っていただくのですが、実はものすごい賭けだったんです。

―とおっしゃると?

『火垂るの墓』(監督の長編第二作)を撮影した時の経験で、子どもを撮る時は、何回も(テイクを繰り返して)撮るのはダメだと思っていたんです。それなら、撮影に入る前にリハーサルをやった方がいいのか、そこから考えました。

―大人の俳優さんの場合、リハーサルをやらないことが多いように思うのですが、子どもたちの場合、リハーサルをする監督も多いのでしょうか。

子役だと、やる監督も多いですね。ちょうど脚本の足立紳さんが『14の夜』という映画を監督されて、10代の俳優たちと1ヶ月リハーサルをしたのがよかったと言うんです。どうしようかと思って(笑)。

―監督の中では、最初はどちらだったんですか?

最初から、リハーサルはやらないつもりだったんです。ただ、『火垂るの墓』と違うのは、今回5人の子どもが出ずっぱりでしょう。万が一、撮影が始まって、子どもたちの演技がうまくいかなかったら、全部、僕の責任じゃないですか(笑)。

 

左からミチル役の鈴木梨央・ヒカル役の古川凜・ユウト役の藤本哉汰・タカシ役の浅川蓮

 

―結果的には、どうされたんですか?

やらなかったんです。もう、自分を信じようと思いました。僕が心配したのは、リハーサルをすると、どうしても本番でリハーサルの芝居をなぞってしまうんじゃないかということなんです。

―お芝居っぽくなってしまうんですね。

そう思ったんです。実際やっていないから、わからないですが。大切なのは、子どもたちのよさを消さないためには、どちらがいいかということなんですけれど。

―本当に賭けですね。

そうなんですよ。ドキドキの中でイン(撮影開始)しました。けれど、初日の撮影で「これは大丈夫だ!」と思いました。

―撮影初日は、どの場面だったのですか?

コンビニの万引きのシーンです。コンビニをお借りする都合で、そこが初日になったのですが。現場でも、なるべくテストをしないで、できるだけ早く本番に行くようにしていました。

―大人でもテイクを繰り返すと、お芝居が死んでいってしまいがちだと思うのですが。

よく言われる例えでは、1回目か30回目がいいと言われますよね。1回目は、初めてやることだから、知らないで出てくる。あとは微調整になってくるので、30回もやると、自意識も何もかも飛んで、役者がわけわからなくなるから自然になると。ユウト役の藤本くんも「すぐ本番になるから、結果として自然にできました」と言ってくれました。

―子どもたちは、撮影前に顔合わせをしたのですか?

撮影現場が「はじめまして」だとマズイので、ミチル役の鈴木梨央ちゃんとヒカル役の古川凜ちゃんの二人には、時間を作って、特に芝居をするわけじゃなく、一緒に遊んでもらいました。子どもたちは、最初は人見知りをしたとしても、すぐに慣れるんです。梨央ちゃんもその時間を作ってくれたのがよかったと言ってくれました。

 

 

―鈴木梨央ちゃんのミチル、すごかったですね。後半に行くに連れ、彼女の映画になっていきます。

何も言うことないです。天才ですね。海のシーンは、シナリオ上では「涙を流す」と書いてあるんです。でも、そういう場面でも僕は「涙が出なくても構わない」と伝えるんです、気持ちの問題だから。でも、梨央ちゃん、本当に泣くんですよ。そういうの、すんなりできるんです。あのシーンも1回でOKでした。

―話が進むに連れて、妹をひとりで守りながら、彼女が精神的に追い込まれていきます。撮影は順撮り(ストーリーの順番通りに撮影すること)だったのですか?

大きくは順撮りでした。あづま家(ユウトの家の食堂として撮影が行われた、実際に両国にある食堂)の場面はまとめて撮影したのですが、あとはできる限り、話の流れに沿って。皆、いい子どもたちでした。ユウトとミチルとタカシは、実年齢より少し下の役をやってもらったのもよかったと思います。経験したことのある年齢の話ですから。

―子ども食堂が生まれるまでの物語を、子どもの感情から描いているところが、この映画の大切なところだと思いました。

そうですね。物語はユウトの視点で動いていきます。大事なのは、彼のキャラクターだと思いました。いろいろな思いがある、葛藤のある少年にしたかったんです。そういう人間が、ミチルとヒカルという姉妹と出会うことで、どう変わっていくか。そういう話にしたいと思いました。

―冒頭から、ユウトの葛藤が描かれています。

タカシがいじめられているのを知っているんだけれど、止めに入ることはできない。そんないろいろな思いを抱えたユウトやタカシが、ミチルとヒカルと出会って変わっていく。ミチルとヒカルも、この後、大変だと思うのですが、ユウトやタカシ、ユウトの両親と出会ったことで、何とか生きていけるようになる。人と人とが出会って、変わっていく。その結果、子ども食堂ができることになる。そういう映画にしたかったんです。

 

 

監督のお話、さらに続きます。次回は子どもたちを見守る大人たちの視点から、お話をお届けしたいと思います。

ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。

公式サイト:https://kodomoshokudo.pal-ep.com/