#717 第21回東京フィルメックス・リポート~『天国にちがいない』 エリア・スレイマン監督 Q&A ~

今年の東京フィルメックスは10月30日(金)~11月7日(日)まで、東京国際映画祭と開催時期を合わせるという初の試みで開催されました。

映画祭のひとつの役割として大きいのは、ひとりの映画作家にフォーカスし、これまでの作品を一挙に上映して、その作家の魅力を再発見すること。その点において毎年楽しみなのが、フィルメックスの特集上映なのですが、今年は2003年に日本でも公開された『D.I.』のエリア・スレイマン監督の特集でした。

イスラエルに暮らすパレスチナ人の日常を、そこに暮らすひとりとしての視点から驚くべきユーモアで描いてしまうスレイマンの「世界の受け止め方」は、世の中が混乱している今、より大切なものに思えてきます。

スレイマン作品では、いつも被写体としてご自身が登場します。しかしながら、劇中のスレイマンは言葉を発しません。今年のフィルメックスでは、オンラインでつないだ監督とのQ&Aが行われ、そこに参加した私たちは「語るスレイマン」と対面することに!

今回は「第21回東京フィルメックス・リポート」と称して、その時の模様をお送りしたいと思います。

今回の特集で上映されたのは、ヴェネツィア国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞し、スレイマンが世界で注目されるきっかけとなった『消えゆくものたちの年代記』(96)、そして日本でも公開された『D.I.』(02)、スレイマンの自伝的要素も含む『時の彼方へ』(09)、さらには日本で2021年1月29日(金)から公開される最新作『天国にちがいない』(19)の4作品。

『消えゆくものたちの年代記』は、パレスチナ問題をシリアスに描くことなく、飄々とした日常描写の中、ユーモアで匂わせてしまうという、その後のスレイマン作品にも続く、この監督ならではのスタイルで描かれた作品。

後半、自身が「映画監督のエリア・スレイマン」として登場し、スピーチをしようとするのですが、監督がマイクに向かうと、マイクが「キーン」。結局、スピーチできないというオチが……。やはり、ここでも劇中のスレイマンは、一言も言葉を発しません。

そんな貴重な(?)スレイマン監督の肉声が、11月7日に行われたクロージング作品『天国にちがいない』の上映後に聞かれました。今年の海外作品のQ&Aはリモートで行われましたが、上映後のQ&Aが始まると、スクリーンには新作のため、パリにいるというスレイマン監督が映し出されます。

『天国にちがいない』

『天国にちがいない』は、今年のカンヌ国際映画祭でも上映され、笑いを持って迎えられたスレイマン監督、10年ぶりの新作。この作品でもやはり、スレイマン監督自身が登場します。

劇中のスレイマンは、新作映画の企画を売り込むため、故郷のナザレから、パリ、そしてニューヨークを訪れます。そこで監督が遭遇する、どこか故郷を彷彿とさせるデジャヴュのような共通点の数々――。問題を抱えた故郷からヘヴンを探して、パリ、ニューヨークへやってきたけれど、結局、問題のない天国なんて、世界のどこかに存在するのか……!?

いつもの飄々とした持ち味で、パリ、ニューヨークを行く劇中のスレイマン。その先々で出会う、海外でパレスチナ人として見られることにまつわる「?!」な出来事。スレイマン作品ならではの淡々と飄々とユーモラスな日常の点描に、ふつふつと笑いながら引き込まれます。

上映後のQ&Aは、フィルメックスのプロデューサーである市山尚三さんの、この作品が作られる経緯についての質問から始まりました。それについてのスレイマン監督のお答えがこちら。

「新しい作品を作るには、いつも時間が掛かるんです。というのも、僕が日々を生きて、観察して、経験して、そのメモが溜まって、脚本を書くに至るまでの時間が掛かるから。

もうひとつは、僕の作品は時系列で物語が進むわけではなく、言ってみれば、画家のアトリエで200点の絵画を同時進行しながら、常にどれかに手を加えていく感じなので、映画作りもそんな感じで進んでいきます。(今回が10年ぶりの新作ですが)この10年の間には、キューバでオムニバス映画も撮っていますが、僕の映画は製作がなかなか大変なんです。商業的に成功するタイプの作品ではないですからね」

パリのシーンは、人がほとんどいません……。

続いて、観客の皆さんからの質問へ。「この映画のパリのシーンは、人がほとんどいません。どうやって撮影したのでしょう?」。映画を観た人の中にも、気になった方、多いのではないでしょうか。

「皆さんに聞かれる質問です(笑)。不思議なんだけど、僕自身、謎なんですよ。映画を撮る前に、『ここはパリの観光地で人が多いから、他の場所を選んだ方がいい』と言われたんです。でも、僕は街の中心で撮りたかったので、あそこがよかったんです」

撮影を許可するパリ市の方も、スレイマン作品を理解し、撮影に協力してくれたのだそうです。続いての質問は、映画を観ると、思わず笑ってしまう「スレイマンとすずめ」のワンシーンについて。これから映画を観る方のために、詳しくは控えますが、この場面、すずめの名演が気になります。

「短く話すけど、複雑な話なんですよ(笑)。というのも、一部は3D、一部は実写で本物のすずめを撮っているんです。何ヶ月も掛けて、トレーナーに頼んで、20羽のすずめをトレーニングしてもらいました。そのうちの優秀な2羽が僕のところに来て、さらにその1羽が僕の望む演技を見せてくれました。この場面はなかなか大変でした。実のところ、3Dよりリアルなすずめの方がやりやすかったですね」

劇中では、寡黙なのに、なぜか面白いスレイマン監督。お話されても、まじめな話をしているのに、やっぱりなんだか面白い。「20羽のすずめ」のくだりでは、会場から笑いが。さらに監督の話はつづきます。

「実はこのシーンには、裏話があるんです。ある時、家族をなくして、ひとりぼっちになったすずめを妻が連れて帰ってきたんですよ。僕が机に向かって、脚本を書いていたら、彼女が僕の机の上にすずめを置いて、このシーンと同じようなことが起きたんですよ。それをもとに作った場面です」

脚本を書いていると、すずめがやってきて……。

スレイマン監督の日常で起きた、ちょっと笑ってしまう一断片。それらが集まって、独特のスレイマン作品が出来上るのだなと思います。それらの断片をつなぐのは、監督自身が醸し出す、なんだか面白い独特の磁場。今作の中で、観光客らしき日本人が出てきて、監督に意外なことを問いかける、思わず笑ってしまうシーンがあるのですが、それについては、

「あれとまったく同じことが僕に起きたんですよ。撮影したのと、まったく同じ場所で。その時に、これは映画に入れなければと思いました」

スレイマン監督、やはり面白いことを引き寄せてしまうよう……。続いて、「日本で映画を撮りたいと思いますか?」という質問が出ると、こんな素敵なお答えが。

「僕のセンチメンタルな部分を開けてしまいましたね……(笑)。日本には妻と一緒に2回訪れていて、今も日本にいたいぐらい。行きたいだけでなく、撮りたい場所でもあります。いちばんお気に入りの国ですからね。カメラをどこに置いても、僕の「世界の見方」に即した画が撮れるところ。建築もそうですし、建物の並び方も……呼んでくださるなら、明日にでも行きたいです(笑)。

これまで何度もお話していますが、僕が映画を撮り始めたのは、小津安二郎監督がきっかけです。僕が日本に行って最初に行った場所は、小津監督のお墓でした」

スレイマンと小津作品。たしかに共通点を感じます。しかしながら、小津に触発されながら、こういうユーモアの作品が生まれてくるところが興味深い。こうしてQ&Aで「語るスレイマン」を拝見していても、作品中のユーモアは監督自身の持ち味なのだなぁと感じます。

劇中でも、飄々と言葉を発さず、どこかユーモラスなスレイマン監督ですが、「この話さないスタイルには、どんな意図が?」という質問が出ると、

「特に戦略があるわけじゃないんです。最初に短編を撮った時から、自分が出演して、こういう形になったのですが、自分がカメラの前に立たなければならないということはわかっていました。僕の映画は、個人的なことを語っていますから。

僕の作品は、セミ・サイレント映画といいますか、音には溢れていますが、人の話す台詞は少ないですよね。僕の映画の傾向、好みとして、イメージ、映像の効果で語りたい、だから言葉は最小限にしたいんです。イメージによって、人の言葉に頼らずに映画を作りたいと思っています」

Q&Aの様子

また、劇中のワンシーンについても質問が。後半、森の中を、頭の上に桶のようなものを載せた女性が通っていく場面があります。あの女性は何をしているのでしょうか……。

「あの場面は、僕の古い記憶を描いています。僕の生まれ育ったナザレから10キロぐらい離れたところに、ベドウィンの村があって、ああいう女性がそこからヨーグルトを売りに来ていたんですよ。羊を放牧していて、羊乳からヨーグルトを作って、売っていたんですね。僕の覚えている、かつてのパレスチナの情景です。オリーブの木があって、ああいう女性がいて……僕の郷愁から描いたシーンです」

そして、『天国にちがいない』というタイトルについても、たくさんの方から質問が寄せられました。

「あのタイトルに込めたのは、世界全体がパレスチナ化しているということですね。主人公は天国を探して各国を旅しますが、結局、どこに行っても問題があるわけです。グローバリゼーションの問題もそうだし、何かがあると、すぐに警察が来てしまったりしてね……天国という理想の場所を皆が探し求めているけれど、結局、何も問題のない場所なんてどこにもないんだな……。今回のタイトルは、そんな思いから来ています」

エンド・クレジットにジョン・バージャーというイギリスの作家への献辞がありますが、それについては、

「僕はずいぶん前にジョンに会ったんです。まだ若くて、将来何をするかも決めていない頃でした。パリで偶然知り合って、将来何をしたいんですか?と聞かれて、深く考えず、何となくぽろっと映画と答えたんです。それ以降、彼は僕の守護天使のように見守ってくれていて、彼が勧めてくれた本を読んで、自分自身を見つめたりしてきました。いつも応援してくれて、クリスマスを一緒に祝ったり、妻も含めて家族ぐるみで親しい間柄でした」

ジョン・バージャーの質問からも察することができるとおり、スレイマン作品には、監督の大切な人たち、心に留まった日常風景が詰まっていて、それらがいい間合いで織りなされて出来上っています。今回のフィルメックスで上映された『消えゆくものたちの年代記』や、特に『時の彼方へ』には、監督の両親への溢れる思いが感じられて、心が揺さぶられました。

今回の新作は10年ぶりでしたが、若き日の姿とはまた違った味わいのスレイマン監督と、スクリーン越しに出会えたことも、また感慨深い。まだスレイマン作品に触れたことがない方も、ぜひ来年1月29日からの映画館で、出会われてみてはいかがでしょうか?この作風、きっとクセになる人も多いと思います。

ちなみに、今年のフィルメックスのQ&Aは、上映後にスクリーン脇にQRコードが表示され、スマホから質問を募るという初の試みで行われました。スレイマン監督のQ&Aには、50を超える質問が寄せられたそうで、これはシャイな日本の観客に合った形なのかも、と思います。

もうひとつ、今年のフィルメックスで画期的なのが、上映作品がオンラインでも楽しめること。東京近郊以外にお住まいの方も、上映作品が楽しめます。こちらのサイトでご紹介したジャ・ジャンクー監督やツァイ・ミンリャン監督の作品も、人と人とのつながりに改めて思いを馳せた今年らしいコンペ部門の最優秀作品も2020年12月6日(日)まで観ることができるので、詳しくは下記、公式サイトをご覧ください。

オンライン上映について:https://filmex.jp/2020/online2020

東京フィルメックス 公式サイト:https://filmex.jp/2020/

『天国にちがいない』公式サイト:https://tengoku-chigainai.com

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