例年とは異なる工夫を施しながら、11月9日に無事、閉幕した2020年の東京国際映画祭。新たな試みとして画期的だったのが、是枝裕和監督の発案で企画された「アジア交流ラウンジ」です。
11月1日をスタートに、11月8日まで毎日、興味深い組み合わせの対談が行われ、オンラインでつながった世界中の観客から様々な質問が寄せられました。
今回は、お二人のゲストの素敵な「化学反応」が生まれた記念すべき第一回の模様をお届けしたいと思います。この日のゲストは、韓国映画『はちどり』のキム・ボラ監督×橋本愛さん。司会(モデレーター)は是枝監督です。さて、どんなお話が聞かれたのでしょうか――。
世界の映画祭では、さまざまな監督や役者さんが会し、意気投合したりすることで、新たな映画の企画が生まれたりします。そんな風に「人」と「人」との出会いで自然に発生する映画というのは、心がこもって血が通っていていいなぁとしみじみ思うのですが、「アジア交流ラウンジ」は、まさにそんな出会いの場。1日~8日に至るまで、興味深いトークが聞かれました。
第1回のゲストは、キム・ボラ監督×橋本愛さん。「なぜこのふたりを出会わせたかったかというと……」冒頭で、是枝監督からお話がありました。
まず、キム・ボラ監督は『はちどり』がすばらしかったということ。是枝監督はチョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』、キム・ガンウ監督の『わたしたち』を挙げ、「性別で語るのはあまりよくないかもしれないけれど、時折、韓国から鮮烈に女性監督が登場する」という話の流れの中で「『はちどり』を見て、こういう繊細ですばらしい作品を撮る監督が登場したんだなと思いまして、こうした形でお会いしてみたいなと思ったのが、ひとつのきっかけです」
そして、橋本さんについては「『ミニシアターを救え』というコロナ禍で起きたひとつの動きに賛同していただいて、ご自身の映画館への愛を語っていただいて、お礼をお伝えしたかった」ということ。そして、橋本さんは映画をたくさんご覧になっていて、キム・ボラさんの映画を観ていたら、きっと気に入るだろうし、「今後、キム・ボラさんが日本で映画を撮る機会があったら、橋本さんが出るといいなと勝手にプロデューサー気分でお二人を引き合わせました」
監督のその思いは、やはり的中。たとえば、キム監督が『はちどり』は喪失をテーマに撮った映画だと語ると、橋本さんは「たしかに主人公のウニは、いろいろなものを失うというか、急に別れが訪れたり、急に気持ちが変わってしまったり、それは相手も自分もですけど。そういう突然に起こる何かに翻弄されながら、懸命に生きている姿を見て、今はもうちょっと落ち着きましたけれど、私もウニと同じぐらいの年齢やもっと前は、毎日毎秒、自分の気持ちが変わっていって、昨日好きだったけれど、今日嫌いになった人もいたし、そういう過去をすごく思い出しました」と返答。
すると、キム監督が「私はいつも生と死を映画のテーマとして考えているのですが、私たちは毎日生まれて死んでいくと考えているんです。それがずっと繰り返されているのではないかと考えていて、今の橋本さんのお話を聞いていて、そういう私の気持ちを受け止めてくれたと感謝しています」
それに対し、橋本さんも「監督がおっしゃった『人は毎日生まれて、毎日死んでいく』という死生観は私もまったくといっていいほど同じで、今日撮った写真は今日の遺影だと思っているし、本当に毎日毎日新で生まれる感覚があるんです」
そして、『はちどり』の最後に出てくる橋の崩落の場面についての、橋本さんの言葉が鮮烈でした。それが「映画の最後に大きな出来事として橋の崩落が描かれているけれど、ウニの日常として小さな橋の崩落がいっぱい描かれていたと思う」というもの。
映画を繊細に感受する、橋本さんの受け止め方は、他のところにも。例えば、ウニが家族とチヂミを食べる食事シーンについて「嚙んでいないのに、次から次へと口に運んでいく。本当にはちどりみたいで、蜜を吸うためにばたばたしている羽の騒々しさみたいで、愛くるしさも生命力も感じました」。ちなみに、このシーンは監督の演出を受け、ウニ役のパク・ジフさんが見せた演技なのだそうです。
ちなみに、『はちどり』には家族が食事するシーンがたびたび出てきます。それについてキム監督は「寂しさや心の渇きを表していたり、家族が食卓を囲むシーんでは、冷たい空気が流れていても、そこに温かなつながりを見出そうとしていることが感じられるようなシーンになっていると思います。ウニが病院行く日も母親がお肉のおかずをのせてくれる。すると、ウニが笑顔を見せます。食べるということが、人間の感情とどうつながっているのかを表現したいと思いました」
食事シーンといえば、是枝作品のそれも印象深いですが、キム監督の食事シーンのお話を受け、是枝監督は「橋本さんの『リトル・フォレスト』も食べるだけではなくて、耕して収穫して作って食べるという行為だけを描いた映画で、それがただの日常ではなくて、おそらくその中に、その行為を繰り返していくこと自体がはらんでいる、ある種の一期一会や奇跡のようなもの、それは決して『日常』という言葉で片付けられることではないのだという視点が作り手にも演者にもどこかあって、それが感じられる映画だと僕は思ったので、まさに『はちどり』に対する返答としてふさわしい映画じゃないかと勝手に思っていたので、『はちどり』の中での食べるという行為について感想が聴けてよかったです」
そして、この日のまとめとして「橋本さんが『はちどり』の感想で、ウニの日常にも毎日、小さな橋が崩落しているという捉え方をしていて、それが僕はとても今日印象に残ったんですけど、決してそれは14歳の少女の中でだけ起きていることではなくて、今私たちが日々直面している状況だとも思います。そんな状況の中で、この映画祭と交流ラウンジが誰かと誰かの何かと何かの間に橋を架ける行為につながっていく時間になっていたらとてもうれしいです」
ちなみに、翌2日は、『台北暮色』のホワン・シー監督×是枝監督の対談でした。この映画への是枝監督のラブレターのような質問が寄せられ、温かなムードの対談に。ホウ・シャオシェン監督の現場についていたホワン・シー監督と、ホウ監督の作品がお好きで、その撮影現場を訪れたことのある是枝監督から、「ホウ監督の現場は知らぬ間に撮影が始まっている」という貴重なお話も聞かれました。
他にも6日のツァイ・ミンリャン監督×片桐はいりさんの回では、長年組んでいる俳優リー・カンションの出演作『カム・アンド・ゴー』をこの日の司会の市山尚三さんに褒められたツァイ監督が見せた満面の笑みとか、黒沢清監督×ジャ・ジャンクー監督の7日は、残念ながら、体調不良で残念ながらジャ・ジャンクー監督の参加は叶いませんでしたが、黒沢監督が綿密な準備をされて対談に臨まれていることがわかり、改めて監督のお人柄が感じられる回に。世界の映画ファンから次々に寄せられる黒沢監督への質問の多さに、改めてクロサワ人気の熱さが感じられました。この企画、来年以降も期待したいです。
公式サイト:jfac.jp/culture/events/e-tiff-2020-asia-lounge/