前回の深田晃司監督マスタークラスにつづいて、今回は10月30日に行われた映画『MISHIMA』上映前の舞台挨拶の模様をお届けします。
1985年の第38回カンヌ国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞しましたが、日本では劇場未公開。今回が日本初上映ということで、会場には多くの映画ファンが集まりました。
プロデューサーの山本又一朗さんは
「1985年に作られ、40年もの間、日本で観られることがなかった映画が、こうして今年の東京国際映画祭で新作のごとく上映されることになりました」
映画製作のきっかけについては
「1982年頃、この映画の監督のポール・シュレイダーさんのお兄さん、レナード・シュレイダーさんと僕は『太陽を盗んだ男』という映画を作りまして。その後、アメリカの20世紀フォックス社に勤めることになり、ポールさんとレナードさんと話している時に『MISHIMA』の話を聴いたのです」
そして、ポール・シュレイダー監督は、名作『タクシードライバー』の脚本家として知られている方。

今回は『MISHIMA』の上映ということで、『タクシードライバー』に関する質問は出ませんでしたが、会場に集まった映画ファンは聞きたい話のはず。そんな雰囲気を感じ取ってか、ご自分から、こんな話を聞かせてくれました。
「この映画について、よく聞かれることがあります。それは、
『なぜ、三島由紀夫の映画を撮ったのですか?』
『なぜ、あなたが監督したのですか?』ということ。
私の兄レナードは同志社大学で教授を務め、市ヶ谷の事件が起きたときは日本にいました。私は彼から三島由紀夫のことを聞いていたのです。
私が惹かれたのは、彼の精神的な部分です。私はキリスト教で育っているので、苦しみの中でようやく栄光を掴むことができるというクリスチャンの感覚があるのですが、『タクシードライバー』の脚本で私はそれを追求しました。
あの映画の主人公トラヴィス・ビックルの行動を見て、無知で無教養だと捉える人もいましたが、私はそうは思いません。
ああいった心理状態になる人は、教養があって成功した人でもありえることです。そう言うと、皆が例えば、誰?と聞くのですが、そのたびに私は三島由紀夫と答えてきました。
トラヴィスとまるで同じような心理の人物が、自分のいるアメリカから、こんなに離れた東洋にいると私は感じました。それが、この映画を手がけたいと思った動機でした」
ちなみに、ポールさん、日本には忘れられない思い出があるのだとか。
「撮影中の1984年の元旦に東京で私の娘が生まれたのです。今回、戻ってこられて、本当にうれしいです。いつか上映されると信じていましたが、私も高齢なので、その時に自分がこの世にいるだろうかと心配していましたが、こうして上映され、ここにいられて、うれしく思います」
トークの模様は、映画祭の公式YouTubeでご覧いただけます。

取材・文:多賀谷浩子
