#781 ケルト・ユートピア

スクリーンにたびたび映し出される、アイルランドの海と土の独特の色彩。

この抑えた色彩になぜか惹かれるという方、少なくないのではないでしょうか。

そんなアイルランドを舞台に、地域になじんだ「自分たちの歌」を歌う人々の様子を、ひとりひとり大切に集めたドキュメンタリー『ケルト・ユートピア』が公開されています。

ひとりの女性がこう言います。

「この国の曲はやたらと哀しい曲が多いのよ。そこにしか、私たちのアイデンティティはないのかしら」

今、フォーク・ミュージックが再び盛り上がっているというアイルランド。

はじめに出てくるのは、若い女の子。地元の子が歌うということで、町のみんなが応援に駆けつけたという温かなエピソードもいい。何より、女の子が歌う様子がいいのです。聴いている友だちも、とてもうれしそう。

このあとの人たちにも、ずっと続いて、それが面白いのですが、民謡みたいな独特の節回しが魅力的です。

そのあと出てくる男性は、今の日本の俳優さんだと大泉洋さんでしょうか、ちょっとぼやいたりすると妙に面白く響くという……ぼやき芸のようなフォークソング。ギターに合わせて、なんとも味わい深い。

つらい日常を紛らわせるための音楽というのは、いにしえの時代から、あらゆる地域で歌われてきたわけですが、音楽ビジネスとしてパッケージ化(今は配信ですが)されるわけではない、生活の中の歌の力を感じます。

この男性が窓に腰掛けて歌っていると、幼い息子さんが恥ずかしそうに顔を覗かせたりする、この日常感もいい。こちらの映画の監督が、時間をかけて、愛情をもって、撮影していることが伝わってきます。

味わい深いパブで歌う、若者のフォーク3人組も新鮮。こちらの映画、基本的に出てくる人たちの発言が自由なのが面白い。本音の力です。

「フォーク・ミュージックというと、スーツを着て歌う保守的なイメージがあったけれど誤解だよ」

スーツを着て歌う……日本のフォークのイメージとはまたちょっと違うところも面白い。

「C M音楽なら無難にフォークにしておけ、みたいな風潮があるけれど、フォークには毒があるし、怖いものでもあるんだよ」

興味深いフォークの話が、そこから掘り下げられていきます。

こちらの映画、ひとりで聴かせてくれる人、グループの人……実にさまざまな人が登場する中、きっと観た人たち誰もの記憶にくっきりと残るのが、「おいぼれじじい、歌います」と「のどじまん」風に歌いだした小学生ぐらいの男の子。

「おいぼれじじい」というのは歌の名前。長年連れ添った奥さんが、だんなさんの文句を言っている、行ってみれば、ほぼ悪口の歌詞なのですが、それを小さな男の子が一生懸命に歌っているのが、なんともかわいらしい。昔から生活になじんでいる、みんなが知っている歌には、なんともいえない説得力があります。

やがて映画は、音楽の楽しさから少しずつ、この土地が抱える問題の方へ視点を移していきます。

アイルランド語をなぜ話さないの? と聞かれた若者が「1921年以降、アイルランドはちゃんとした政策を立ててこなかったし、言葉に宿る魂の大切さを説いたりしなかった」と語る場面も印象的。

とはいえ、政治的にとがった発言をするというよりは、今の若い人たちの感覚で、自分たちの文化を消化しようとする姿勢が印象に残ります。それは政治的な問題についてもそう。

フォークソングを掘り下げながら、その土地の人たちみんなが知る、アイルランドの歴史の暗面にも触れていきますが、政治的な問題についても、穏やかな口調で、ある男性がこう言います。

「あっちも、こっちも、どっちも田舎者さ」

争うというのは、もう今の時代の気分じゃないんだ、という発言。共感する方も多いのではないでしょうか。

この映画に登場する人たち、それは大人も、子どもたちもですが、アイルランドがこれまで抱えてきた問題を把握しつつ、それを平和的に考えていこうとする前向きな姿勢が心に残ります。

地域に根差した音楽を考えることは、その土地独自のカルチャー、ひいてはそこで暮らす人たちの根っこを考えることにつながる。「私たちの歌」が、人間的な温かなものをじんわりと伝えてくれる映画、あなたはどう感じるでしょうか。

(文:多賀谷浩子)

公開中。公式サイト:映画『ケルト・ユートピア』公式サイト