この夏は、ダンス……それも人間の自然、自由な発露を尊ぶようなモダン・ダンスの流れを汲むダンスの映画が1本ならず公開されています。
ダンスに親しんできたわけではない方の中には、「こういうダンスをしたい!」と目覚める方もいらっしゃるかもしれません。そのくらいシャープに、それぞれのパフォーマーの魅力をとらえた作品なのです。
そんな方のきっかけになれば……という思いも込め、今回はこの夏公開されているダンス映画を取り上げたいと思います。
まずは『メレディス・モンク 踊る声 歌う身体』。モンクが好きな人にとって嬉しくなるようなサブタイトルのついた映画が7月末から公開されています。
モンクといえば、ダンスはもちろん、あの声が思い浮かぶ方が多いと思いますが、映画の中でも彼女の声は「身体から生まれている」と云われている通り、振付という形になる以前のエッセンスをそのまま届けるようなダンスといい、モンクの日常や身体そのものがダンスそのものという印象を受けます。
鳥や自然の声を「真似る」のではなく、「自然が体の中を通っていく感じ」と云うモンク。自然にインスパイアされ、彼女の体を通して、声として表れるモンクの自然は、「こう表現しよう」という自我をはるかに突き抜けて、大自然の声と同じように私たちの体内に共鳴します。その気持ちよさ。
きっと小さな子どもが観たら、同じように体を前後に揺らしながら声を出してみたくなるはず。映画の中でも紹介されている作品のひとつ『フェイシング・ノース』の声の出し方なんて、実際にやってみると、どれだけ体の中を風が通り抜けて、理にかなった動きなのか、体感できるのではないかと思います。
言葉にすると限定されてしまう、言葉にする前のなまの感情を、私たちの「声」はそのまま伝えることができる。まさに彼女の声は、そういう自然。生き物としての私たち。心を揺さぶられます。
こちらの映画が素敵なのは、モンクの伝記映画になっていないこと。
原題は『Monk in Pieces』。
タイトルのとおり、彼女を表すいくつかのPieceで映画は構成され、彼女を知らない人が観ても、モンクの人となり、これまでの活動、そして多くの人を惹きつけてきた彼女の魅力が立ち上がってくるように作られているのです。
そのPieceのタイトルも素敵なのです。冒頭から挙げてみると、「ジュース」「目について」「サスペンス映画」「掲示」……ユニークなタイトルの羅列だけで、ちょっと観てみたくなりませんか。そこに彼女の、あの声が流れる。観ているだけで、心を動かし、わたしたちを解放していく映画になっています。
彼女のアートと深い因縁を持つラジオCMのシンガーだったお母さんのこと、若き日の恋人のこと、これまでやってきた歌やオペラの演出を若い人たちにどう手渡していくかということ……80代の今も現役の彼女のこれまでと今が鮮やかに立ち上がる。
創作について厳しい一面はもちろんですが、日頃の彼女の自由な笑顔。突き抜けた才能のある人の柔らかさが映画の中にずっと感じられて、観ている人の中のアートを開いていきます。彼女が自然にインスパイアされるみたいに。
きっとこの映画が、何かの入り口になる方も少なくないのでは、と思います。映画館で、<心の冒険>を楽しまれてはいかがでしょうか。

さて、同時期に開催されているのが<パフォーマンス・アート 空間と身体をめぐる映画祭>。
新しい表現はいつの時代も、既存の視点から激しい批判を受けるもの。それまでのダンスやアートの流れの中で、革新を起こした表現者たちの秀逸なドキュメンタリーが5本上映されています。
マース・カニングハム、ナムジュン、パイク、そして、ピナ・バウシュ……。どれも日本初公開の貴重な作品です。モンクの映画の中で、彼女のことを語っていたマース・カニングハムの生誕100年を記念して、その活動を振り返っているのが『カニングハム』。
『カニングハム』(2019)
クラシックバレエの統制された動きをベースしながら、そこに人間らしい動きを追求したカニングハム。生誕100周年を記念して作られた本作では、1942年〜72年の代表作14作品が美しい映像で再現されます。ダンスは生で観るのが一番ですが、映画館のスクリーンで楽しめるカニングハム作品になっています。
「音楽と振付は独立して存在する」など、ダンスの世界に様々な革新を起こしたカニングハム。劇場に人を呼ぶのでなく、自分たちが人のいるところに出向いて踊る。ダンスといえば劇場で踊るのが普通だった当時、画期的だった屋外のパフォーマンス映像も次々に紹介されます。
広い空間に身を置くと、思わず踊り出したくなるのがダンサーの「さが」だと思いますが、洗練された広大なスペースで行われるパフォーマンスの数々。例えば、地下鉄や宮殿、さらには深い森の中まで、特別な場所で行われたパフォーマンスの映像が次々にスクリーンに現れていく魅惑。
カンパニーで車移動しながら、各地でパフォーマンスをしていた時に、旅公演一座と間違われたという気さくなエピソードも面白く、そんな裏話から、カニングハムの人柄の良さも垣間見えます。生涯のパートナーだったジョン・ケージをはじめ、アンディ・ウォーホールなど共に時代を作ったアーティストとのコラボレーションも興味深い。
『ナムジュン・パイク 月は最古のTV』(2023)
そんなカニングハムも途中、友達として登場するパフォーマンス映像が出てくるのが、『ナムジュン・パイク 月は最古のTV』。気になるタイトルについては、その誕生の秘密がエンドロールで明かされます。ヒントは、ジョン・ケージの「チャンス・オペレーション」。ちょっと面白い裏話が収められています。
現在もワタリウム美術館で展示が行われていますが、現在50歳オーバーの方の中には「若い頃、ワタリウムにナムジュン・パイクを観に行ったな」と思い出す方も多いのでは? 今回の音楽は坂本龍一さんですが、坂本さんをきっかけにナムジュン・パイクに触れたという方も多いかもしれません。
今回の映画は、メディア・アートの先駆者である彼の人生を、そのパフォーマンス映像や手記を手がかりに追っていくドキュメンタリー。とにかく残されているアーカイヴが膨大なので、非常に見応えがあります。
韓国で生まれ、日本、ドイツ、アメリカと活動の拠点を移して行った彼の人生の流れ、そして、ジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイスやシャーロット・モーマン、フルクサス……彼の出会いとともに時代のパフフォーマンス・アートに触れられるのも興味深い。
インターネットによるデジタル社会を予見している場面など、メディアそのものが大きく変化している今、答え合わせのように振り返る形でその活動を振り返ってみると改めて見えてくるものがあり、興味深い。的確なフォーカスで伝わってくる、アーティストとしてはもちろん、ひとりの人間としてのナムジュン・パイクが気取りなく近い距離で伝わってくる作品でもあります。
『ある日、ピナは尋ねた……』(1983)
そして、『ある日、ピナは尋ねた…』。ダンスと演劇を融合させた“タンツテアター“(ドイツ語/ダンスとシアターと捉えるとわかりやすい)という革新的な表現で人々を魅了したピナ・バウシュ率いるブッパタール舞踊団の欧州ツアーに、名匠シャンタル・アケルマンが同行して、その模様を映し出したドキュメンタリー。
『コンタクトホーフ』や『カーネーション』……。
初めてピナ・バウシュの作品に触れた時に、言葉を使わず、何も具体的なことは描いていないのに、美しい音楽の中で織りなされるダンサーのコンタクトから、自分たちが普段感じて、心の奥で傷ついている痛みが痛烈に伝わってきて、思わず涙が出てしまった経験を持つ方も少なくないのでは?
そういった言葉にできないところのピナ・バウシュ作品の魅力、ピナ・バウシュを見て感情を掻き立てられた人たちが経験したスイッチが、58分の短い作品の中に収められていることに感動します。アケルマン自身の言葉を最小限に抑え、できるだけ歪みなく届けるための長回しで、敬意を持って見つめたピナとブッパタールの人たちのお稽古風景。その貴重な息遣い。
ピナ・バウシュの作品が、どんなお稽古から生まれていったのか。お稽古場ピナを伝える映像としても貴重で、感じるものが大きな名ドキュメンタリーです。タイトルの「ピナは尋ねた」は、参加する人たちの話を聞いて、作品に活かす彼女のやり方を表したタイトルから。ピナへの敬意と愛情が大いに感じられるドキュメンタリーです。
こちらの3作品のほか、バウハウスの舞台工房を率いたオスカー・シュレンマーのドキュメンタリー『ピンク・シュレンマー』(2025/なぜピンクがタイトルにつくのか、その経緯も興味深い)とパフォーマンス・アートはもちろん、フェミニズム・アートの先駆者として知られるキャロリー・シュニーマンの『ブレキング・ザ・フレーム』(2012)も上映。
お好きな方はもちろん、なじみのない方も映画館で新たな扉を開いてみませんか。
文:多賀谷浩子
公開中。
『メレディス・モンク 踊る声 歌う身体』https://www.mm-dancingvoice.com/
<パフォーマンス・アート 空間と身体をめぐる映画祭> https://trenova.jp/paff/
