前回に続いて お届けするのは、公開中の『メモリーズ・オブ・サマー』を手掛けたポーランドの注目監督、アダム・グジンスキ監督のインタビュー。
主人公は12歳の少年、ピョトレック。30代のお母さんは夫が出稼ぎに出ている淋しさから、12歳の息子にどこか恋人のように接します。
境界線をにわかに踏み越えそうな母子関係の危うさが、70年代のちょっと懐かしい空気と共に、観た人の心に焼き付くような瑞々しい夏の風景の中に描かれています。
グジンスキ監督はどんな思いから、この物語を描こうと思ったのでしょうか。
「随分前から描きたいと思っていたテーマなんです。僕の周りの大人たちと話していて気付いたのが、男性にとっての母親、女性にとっての父親、異性の親との関係が、一般的な親子の境界線を越えそうになった時、それはとても危ういものとなって、その人の中に何らかのトラウマを残してしまう。大人になってからの人生にも影響を及ぼすということなんです。映画で描けないかとずっと思っていました」
主人公の少年・ピョトレックがこの映画で経験する出来事は、女の子や母親のこと……まるで世界の複雑さの入口に立っているかのよう。ここに描かれた12歳の経験は、今後の彼に人生にどう影響するのでしょう。監督の思いを伺ってみました。
「前半はずっとピョトレックの視点で描かれているんです。それが初めて、最後のシーンで母親の視点に切り替わる。あそこで初めて母親は、息子の心の中に何が起きていたかを知り、観客の皆さんもそれを目にすることになるんです。
二人が関係を修復するのか、それとも新たな関係を再建していくのか、それは観客の皆さんひとりひとりの中に答えがあると思うのですが、多くの場合は、母親と息子の間にこうしたドラマがあっても、この映画のように表に出ることはなく、隠れたままその人の中に残ると思うんですね。だからこそ、こうして映画で描く意味があるように思っています」
監督の中にも、お母さんとのドラマが……?
「ありますよ(笑)。複雑な問題ですよね。父が出稼ぎで外国に出ていて、家にいないことが多かったので、僕自身は母との結びつきが強い方だと思います。一般的に、男性は母親に似た妻を選び、女性は父親に似た夫を選ぶと言われますよね。そういう意味では、僕の妻は、あまり母とは似てないかな。まったく違うとまでは言いませんけど(笑)」
グジンスキ監督が、カンヌ国際映画祭の学生映画部門で最優秀映画賞を受賞した短編『ヤクプ』(98) も少年の物語。こちらは父親を亡くした少年が主人公です。
「『ヤクプ』と『メモリーズ・オブ・サマー』を比べると、『ヤクプ』の方が僕自身の感情に近いような気がします。お話したとおり、僕の父も外国で働いていて、家にいないことが多かったので、『ヤクプ』の少年の気持ちは、僕自身の少年時代の気持ちにかなり近いと思うんです。一方、『メモリーズ・オブ・サマー』の中の父親不在は、母親が淋しくて息子にああいう態度をとる動機として描かれているので、僕自身の経験とは関係ないんです」
そんなグジンスキ監督、次回作も親子の境界線にまつわる作品を準備中だそうです。
「今、シナリオを書いている作品は、35歳ぐらいの女性の父親の関係なんです。父親との関係が、彼女の人生に大きな影響を与えていたという……。父のことは自分の中で精算したつもりでいた主人公が、父親とよく似た男性と出会うんですね。それによって精算したつもりでいた過去の記憶が蘇ってくるという物語です。先程もお話しましたが、子ども時代の経験が、大人になったその人にどんな影響を及ぼすのか。人はどれだけ過去に縛られ、どれだけ自分で人生を選択できるのか。そこは今回の作品とも共通するテーマですね」
ざわざわするテーマですねとお伝えすると、「ははは」と笑っていた監督。35歳という年齢も気になるところです。父親と娘の物語という点では、別の監督の映画ですが、『ありがとう、トニ・エルドマン』もそのぐらいの年齢の女性が主人公だったはず。ご興味のある方はぜひご覧ください。
独自の美学で、1本通ったテーマを撮り続けるグジンスキ監督、今後も注目していきたいと思います。ちなみに、この映画、水のシーンが多く、水に映る光が美しい。うつろう光が少年の微妙な心模様を映し出すようです。ぜひ大きなスクリーンで楽しんでください。
取材・文:多賀谷浩子
YEBISUガーデンシネマ、UPLINK吉祥寺ほか、全国順次公開中。
公式サイト:http://memories-of-summer-movie.jp/
予告編:https://youtu.be/48g7sMIi0hU
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