#698 希望の灯り トーマス・ステューバー監督インタビュー(2)

 

上映中のドイツ映画『希望の灯り』。

前回に続いて、来日したトーマス・ステューバー監督とともに、この映画の魅力を掘り下げていきたいと思います。

前回、「この映画のスーパーマーケットは、ひとつの神聖な宇宙」というお話がありましたが、この店でさり気なくお互いを見守りながら、緩やかな共同体を築いている孤独を抱えた登場人物たち。その様子がいいのです。

まずは、こちらの二人。

 

新入りの主人公・クリスティアン(左)と彼を温かく見守るブルーノ。味わい深いブルーノ役のペーター・クルトは、ステューバー監督の前作『ヘビー級の心』(Netflixで観られます)にも主演しています。

劇中の二人のやりとり、なんだかほっこりします。例えば、クリスティアンが店内で働く女性に恋をして、フォークリフトの操縦がメロメロになった時(!)、ブルーノはこう言うのです。「あんな無茶な運転をしたのは、恋をしたせいだな」。

なんだろう、このかわいさ……。どこか不器用な人たちが集まって、ほんのりとユーモラス。フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の作品を思わせる、やわらかなユーモアが効いています。実際、ステューバー監督もカウリスマキがお好きなのだとか。

そして、クリスティアンが恋する年上の女性、お菓子担当のマリオンとのシーンもいい。演じるサンドラ・ヒュラーは、エッジィな名作『ありがとう、トニ・エルドマン』で忘れられない演技を披露している女優さんです。

クリスティアンとマリオンが言葉を交わす場所は、壁に安っぽいヤシの木の絵が描かれた、ありがちな休憩スペース。蛍光灯の現実的な灯りに照らされた、キッチュなオアシスという風情。なんだか、ちょっといいのです。

 

マリオン(左)とクリスティアン

 

―クリスティアンがマリオンに誕生日ケーキを渡す場面が素敵ですね。

賞味期限の切れたお菓子をちょろっと持ってきてね(笑)。あれは『YES』っていう小さくて四角い、ドイツでは皆が知っているケーキなんですよ。小さいケーキでマリオンを驚かすという場面は、原作にもあるんです。

―休憩スペースに安っぽいヤシの木が描かれているのも、それらしいなと思いました。この映画では、ヤシの木はもちろん、ある大事なシーンで波の音が聞こえたり、要所要所で海が効果的に出てきます。

そう、海が憧れの象徴なんです。壁のヤシの木は、映画のために描きました。美術担当のスタッフと話し合って、新しいモダンな雰囲気でなく、ここで働く従業員の休憩室らしいキッチュで古びた雰囲気を求めて(笑)。休憩室は、ガラス張りになっていて、水槽みたいに中が見える。中にいる従業員が、閉じ込められた魚のようにも見えるんです。

―実際に水槽に閉じ込められた魚の場面もありますね。海といえば、ここで働く人たちがクリスマス・パーティをする場面もいいシーンでした。ひとりの男性がおもむろにデッキチェアに横たわって「まるでイビサ島に行ったみたいだ」とか言い始めたりして。

クラウスですね(笑)。彼はお金持ちではないし、一生イビサ島には行かないと思うんですけどね。「イビサ島みたいだ」と言うと、ブルーノがすかさず「行ったことないじゃないか」とツッコむ。するとクラウスが「行きたくなんかないさ」。労働者の逆プライドなんです。俺には必要ないぜって。

―そういう労働者の人たちの日常や心境が描かれていますが、原作のクレメンス・マイヤーさんはそういう人たちを描くことに長けた作家さんだそうですね。

彼の書くストーリーは、本当にわたしの心に触れます。労働者とか社会の底辺で生きる人たちを描いた小説が多いんです。ケン・ローチやダルデンヌ兄弟、そういう映画監督とも共通するものを感じます。何らかの運命を背負った人たちが描かれているところにも共感します。

―監督の前作『ヘビー級の心』もマイヤーさんの原作ですし、その前の中編『犬と馬のこと』もそうですね。いずれの作品も、マイヤーさんが監督と共同で脚本に参加しています。

彼の描き出す雰囲気や手法が好きなんです。人物に語らせずに、その人物を物語るんですね。本当に「短編小説のマイスター」だなと思います。彼とはいろいろなことを話し合います。フォークリフトがバレエのように店内を踊り回る場面も、夜中に話し合いながら出てきたアイディアなんですよ。

―スーパーマーケットがあるのは、旧東ドイツのライプツィヒ郊外。劇中でブルーノが旧東ドイツ時代の人のつながりを懐かしむシーンが出てきますが、東西統一から30年。その変化の波に乗りきれなかった人たちの悲哀が、ほっこりした作品のベースに流れています。

ブルーノの場面、メランコリックですよね。東ドイツも豊かになりましたが、東西統一後を描いた映画はあまりありません。この映画を観ていただければ、旧東ドイツ出身の人がどういう気持ちで生活しているか、前情報なしでも分かっていただけると思います。ここで描かれているのは、恋愛とか労働者とか、世界のどこにでもある事柄だから。労働者といえば、この前、大阪の飛田に行ったんですよ。すごく面白かったです。

―何か目的があったのですか?

新作のリサーチなんです。日本で一部を撮影するんですよ。ドイツで暮らす32歳のダウン症の男性が、あるきっかけで日本にやってくるんです。悲劇だけどコメディというお話で、日本の俳優さんも、これからキャスティングを始めます。

―悲劇だけどコメディという感じは、今回の映画にも共通しますね。とても楽しみにしています。

 

トーマス・ステューバー監督

 

Bunkamuraル・シネマ他にて公開中。

公式サイト:http://kibou-akari.ayapro.ne.jp/