#710 第32回 東京国際映画祭リポート vol.2

 

前回に続いて、第32回 東京国際映画祭の模様をお届けします。

今回、ご紹介するのは中央アジアの大自然を舞台にした2作品。コンペ部門の『チャクトゥとサルラ』、そして1月に劇場公開を控える特別招待作品部門の『オルジャスの白い馬』です。

まず、『チャクトゥとサルラ』。学生時代、モンゴル語を専攻していたご縁で、モンゴル映画が日本で上映されると取材を続けてまいりましたが、この映画は中国の内モンゴルを舞台にした作品。

気はやさしくて力持ちだけど、大事なところで妻を泣かせてしまう夫・チャクトゥと、そんな夫を信じてついていく妻・サルラ。大草原のゲルで暮らす二人の関係性の中に、内モンゴルの草原で暮らす人たちの思いを描き出した作品です。

右からチャクトゥ役のジリムトゥさん、サルラ役のタナさん、ワン・ルイ監督と、撮影監督のリー・ウェイさん

チャクトゥを演じたジリムトゥさんとサルラ役のタナさんは、共に内モンゴルを拠点に活動する俳優。舞台に登壇し、マイクを向けられると、「スクリーンに映る自分の姿がかっこよくて、うれしかったです」とのびのび笑うジリムトゥさん。モンゴルの人たちと接する時たびたび感じてきた、この気のよさ。懐かしい気持ちになりました。

そんな夫・チャクトゥは都会での暮らしに憧れ、この地を出たいと考えています。一方、妻のタナはこのまま草原に留まって、遊牧生活を送っていたい。モンゴルの人たちにとっての昔ながらの遊牧生活と、便利な都会での生活。その両者の狭間で揺れ動く夫婦。そこに草原の砂漠化という深刻な問題が、映画ならではの迫力の映像で伝えられます。

そんな映像を収めた撮影監督のリー・ウェイさんも上映後に登壇。劇中、猛吹雪の夜のシーンも迫り来るような迫力ですが、その撮影について聞かれると、

「あのシーンは零下40度の世界。我々スタッフは厚着をして臨みましたが、主演のふたりはそういうわけにいかない。寒すぎて最後まで撮影できないのではないかと心配しましたが、二人はやり遂げた。本当にすばらしかったと思います」

その言葉に会場から拍手が起ると、サルラ役のタナさんは当時の記憶がよみがえってきたそうで、「あの日は、お昼から撮影が始まって、翌朝6時までかかりました。ものすごく大変でしたが、ジリムトゥさんと二人で持ちこたえました。翌朝、起き上がれないのではないかとスタッフの皆さんに心配されましたが、私たちは起き上がって撮影に臨みました。我ながら偉かったなと思います(笑)」

ちなみに、この零下40度。冬のモンゴルや内モンゴルでは、珍しいことではないようです。その寒さをモンゴル人の先生が授業中に例えて話してくださったことがあるのですが、

例えるなら「馬のしっぽが凍って落ちる寒さ」なのだそう。「人間の鼻も凍る」というので、聴いている私たちが悲痛な表情をしたら、「いや鼻は落ちないから大丈夫」と先生が笑い出したのを思い出します。そんな極寒の中、役衣裳の薄着での撮影、ホント頭が下がります。

上映後のQ&Aの最後に、司会を務めるコンペ部門のプログラミング・ディレクターの谷田部さんがこんな質問を。「ジリムトゥさんが馬で駆けるシーンがかっこよかったですが、あれは練習したのですか?」

すると、ジリムトゥさん。「僕は草原育ちなので、馬に乗れるのは普通のことなんです。実家では100頭ぐらいの馬を飼っていましたから。都会で育ったモンゴル人はまた違いますが、草原の人たちはみんな乗れますよ」

そうなのです。私がモンゴルを訪れた時も、3歳の男の子が自分の何倍もある大きさの馬に軽々と乗って、私たちを案内してくれました。モンゴルの男の人が全速力(スピード違反を気にしなくていいから、本当にものすごい速さです)で馬を駆る様子は、本当にかっこいい。

そんな馬との人との関係も含め、この映画にはモンゴルの人や文化固有の美しさが収められていて、若い頃、モンゴル文化に魅せられた私は、ふたたび胸が熱くなりました。

続いてご紹介するのは、1月18日に公開される映画『オルジャスの白い馬』。

日本とカザフスタンの共同制作である本作には、上の写真でもおわかりのとおり、森山未來さんが大事な役で出演しています。その右にいるのが、主人公の少年オルジャス。

雄大なカザフの大草原で暮らす少年オルジャスの日々。映画が始まってしばらくは、その様子に心を奪われます。うっとりと映画を観ていると、突然、予想もしなかった事件が起こる。これはカザフのリアルな世相を反映しているそうです。

というのも、こちらの作品、日本の竹葉リサさん、そしてカザフスタンのエルラン・ヌルムハンベトフさん、ふたりの共同監督作品なのです。竹葉リサさんは、ゆうばり映画祭で最高賞を受賞した『さまよう小指』でロッテルダムなど海外の映画祭で注目された監督。

そんな竹葉監督の視点で切り取られたカザフの大自然の美しい暮らしのワンシーンと、エルラン監督がカザフ人視点で反映したリアルな世相、その両方が混ざり合い、最後にはちょっと西部劇のようなあと味が残ります。

トーク中の竹葉リサ監督(左)、エルラン・ヌルムハンベトフ監督

映画を観た時のお楽しみなので、詳しくは触れませんが、この映画を「少年(オルジャス)が境界を越える“beyond the border”の物語」という竹葉監督。その成長に一役買うのが、森山未來さんが演じる男性です。

エルラン監督も「森山未來は素晴らしい俳優でした」と語るとおり、コンテンポラリー・ダンスの分野でも活躍する彼の馬上での身のこなし、そしていきものの鮮やかさを感じさせる存在感がすばらしい。

そんな森山さん演じる男性の相手役を演じたのが映画『アイカ』で昨年のカンヌ国際映画祭の主演女優賞を受賞したサマル・イェスリャーモア。この映画の出演オファーは映画祭より前に出していたというから、予期せぬタイミングです。

竹葉監督は、カザフの俳優について「大学院でスタニスラフスキーのメソッドを学び、俳優になるような人が多いんです。日本では本番の前に、(俳優の動きとカメラの流れを確認する)「段取り」の作業をしますが、カザフではそれをしません。カメラマンがアングルを決めることが多いので、役者はどこから撮られても大丈夫な状態で現場に入ります。高度なものが要求され、俳優さんたちが優秀なんです」

そんなサマル・イェスリャーモアさんが、今年の東京フィルメックスに審査員として来日。映画祭期間中にはトークイベントも行われたので、次回はその模様をお伝えしたいと思います。

映画祭 公式サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/