#730 『FLEE フリー』 ~青山学院大学・特別授業リポート~

前回のコラムで、お届けした映画『FLEE フリー』。

こちらの映画の上映+学生の皆さんのディスカッションによる特別授業が、世界難民デーである6月20日、青山学院大学の総合文化政策学部・飯笹佐代子先生のゼミ主催で行われました。司会を務めるのは、ゼミ生のお二人。さまざまな意見が聞かれた約1時間。その模様をお届けします。

この日ゲストに招かれたのは、「難民を助ける会(AAR Japan)」のプログラム・コーディネーター、鶴岡友美(つるおかゆみ)さん。授業は鶴岡さんのお話から始まりました。

その内容は、1979年に創設されたNGOであるAAR Japanのことや、鶴岡さんが担当しているアフガニスタンの難民支援事業のこと、映画の背景となっているアフガニスタン事情。そして最後に映画についてのご感想が。「辛い内容があっても、あらゆる世代に最後まで観せてしまうアニメーションの力を感じました」という鶴岡さん。まずは、その内容をお届けします。

●鶴岡さんのご感想●

アフガン難民の運命が描かれ、私にとっても思い入れのある内容でした。アフガニスタンの人々は政変や多国間の侵略、内戦など長きにわたり過酷な運命を強いられてきましたが、難民に限らず国内避難民も多く、そういった過酷な状況に改めて思いを馳せました。

また、保護のない状況で生存権を獲得しようとする主人公の過酷な物語ですが、今年5月にはUNHCRから、史上初めて「世界の難民の数が1億人を突破した」という非常にショッキングな発表がありました。『FLEE』の主人公のストーリーが特別ではなく、1億人分の1だということを忘れてはならないと思います。

映画の中でエストニアの収容所の酷い状況が伝えられていましたが、日本の難民申請の現状や、昨年、スリランカ人女性が入国管理局で酷い扱いを受け、亡くなったニュースを考えると、映画で描かれた状況と、現代の日本の状況がまったく異なると言えるだろうか。もう一度問い直さなければいけないのではないかと思います。逃亡を経験した主人公が『心が壊れてしまう経験だった』と言う台詞がありましたが、そういう状況を日本国内で作り出している状況はないだろうかと改めて考えました。

続いて、会場に集まった学生の方からも、映画の感想が聞かれました。お二人から手が挙がったので、そのご意見をご紹介します。

●4年生のご感想●

心にずしっとくるシーンが多いと思いました。印象に残っている場面が2つあります。まず、主人公が1回目に逃亡しようとした時に見つかってしまい、船の上から観光客に写真を撮られてしまうシーン。傍観者として見ている観光客の姿に、自分たちが重なって見えて、考えさせられました。

もうひとつは、偽造パスポートを手渡された時に「家族がいることは誰にも言うな」と自分自身を偽ることを強いられた場面。ショックでした。誰もが自分を偽ることなく生きていける世界になればいいと思いました。主人公のように逃げること、助けを求めることを悪としない社会になることも大切だと思います。

●4年生のご感想●

今回の映画のように、ひとりの人にフォーカスして難民を捉えた映画をあまり観たことがなかったので、今まで集団として漠然と捉えていた難民という存在を、個人として捉えることができました。

病院にも行けない、まともに外にも出られない劣悪な環境は、今の日本では想像できないけれど、実際には日本の入国管理局でも起こっていること。事が起きる前に、個人として、メディアを見る側として、できることは何かを考えさせられる映画でした。

映画の上映直後とあって、会場は映画の感想に聞き入る真剣な空気に包まれました。場が温まってきたところで、司会の方が提示したのは、ディスカッションのために用意された次の3つのトピックです。

1. 日本の難民支援の現状について、どう思いますか。

2. 日本の難民認定数は少ないことが知られていますが、そういった状況下で現在、ウクライナからの避難民が受け入れられている状況について不公平という声も聞かれます。そのことを、どう思いますか。

3. 日本社会は難民にどう対応すべきだと思いますか

それぞれのトピックについて司会の方が意見を募ると、たくさんの手が挙がりました。トピックごとに、その意見をご紹介したいと思います。ちなみに、ほとんどが4年生からのご意見でした。

●1つ目のトピックについて●

これまで日本とスウェーデンの社会を比較し、移民や難民の問題を研究してきました。スウェーデンでは、難民が早く自国になじめる制度が整っています。具体的には、難民申請をしている最中に、すでに子どもたちがプレスクールに通えたり、無償でスウェーデン語を習える制度があるのです。日本の難民受け入れの人数を増やすことも大事だと思いますが、受け入れた人、これから受け入れる人に対して、生きやすい社会を作るための制度を見直すことも大切だと考えます。

●1つ目のトピックについて●

先週、日本国内での難民問題を扱った『マイ・スモールランド』という映画を観ました。シリアから逃れてきたクルド人一家が難民申請をして、許可を待っている状況なのですが、その間は働けないし、病気になっても保障がない。けれど国に帰れば、捕まってしまうような難しい状況にある。入国管理局に入ったら、もう戻ってこられないかもしれない。八方塞がりの状況で、同じような状況が今回の『FLEE』にもあって、心にズシンと来るものがありました。

そういう状況を作っているのは自分たちの無関心なのではないかと思います。映画の上映後に流された監督のメッセージの中に「難民としてというより、ひとりの人間として向き合うことが大切」というのがありましたが、ひとりひとりが無関心ではなくなることが、日本の私たちが今やらなければいけないことだと思いました。

●1~3のトピックについて●

映画の中で逃亡を経験した主人公が「密入国業者の人に人生を支配されている感覚になった」「難民センターで人生が停止しているように感じた」という台詞がありましたが、日本の入管施設で亡くなられたスリランカ女性の記事を読んだ時も、同じような言葉が出てきたのを思い出しました。

入管施設はドイツやフランスでは収容期限が決められていますが、日本は全権収容主義で、そのことが問題視されています。けれど、実際その問題に関心を持っている若者は少なく、社会の反応が薄いのを感じます。日本の社会が難民を同じ人間として、ひとりの人間として見ていないのではないかと感じます。

また、2つ目のウクライナの避難民は特別視されているのではないかという意見については、ではウクライナの避難民の数年後の生活が保護されているかというと、何も決まっていないですし、入管で難民申請を待っている人たちも仮放免された後の生活は保護されていません。ウクライナの避難民だけが特別視されているというところに着目するよりも、もっと根本的なところに目を向けなければいけないのかなと思いました。

3つ目のトピックについては、先程も意見がありましたが、もっと関心を持つこと。無関心な現状を変えることが大切だなと思います。難民問題をもっと日常でカジュアルに考える機会が必要で、今回の映画は「アニメの力」という意見がありましたが、悲惨なシーンがたくさんありましたけれど、アニメだから最後まで観ることができたと思うので、こういう作品が広がって、もっと注目してもらえたらいいなと思います。

●2の目のトピックについて●

メディアの取り上げ方の偏りに疑問を感じています。ウクライナ問題は緊急性が高いので、報道の中心になるのは理解できるのですが、その陰でアフガニスタンやシリア、以前から問題になっている難民問題が注目されないのは問題だと思います。メディアが、もともとの難民問題にも目を向けていく必要があると思います。

●1つ目・3つ目のトピックについて●

高校時代からシリア難民の研究をしています。ずっと思っていたのは、何を言っても、すべてがきれい事になってしまうことです。「こうしたらいい」という意見を言うことは簡単ですが、それを実際に実行できる人がどのぐらいいるのか。自分がそこまでできていない現状をずっともどかしく感じてきました。

きれい事になってしまうのは、やっぱり人ごとだからだと思います。監督のメッセージにもありましたが、難民の問題としてではなく、人間の問題として捉えることが大切で、それは3の目のトピックにも同じことが言えると思います。

難民問題は、LGBTや障害を持った方、高齢者のような世の中でマイノリティとされたり、弱い立場にある人を表す色々な単語とすり替わって、それが排除や差別の根源になるのだと思います。だから、難民に対して何をすべきか考えることも大事ですが、その前段階として、どういう社会にしていきたいのか、他者に関心を持つことから議論を進めていける場がもう少しあったらいいなと感じています。

●1~3のトピックについて●

2の目のトピックについて、大学で日本の難民問題について意識を高める活動をしたり、本ゼミに参加したりしてきましたが、それらの活動を通して、一個人として感じるのは、ウクライナ避難民と難民に対する日本政府の差異です。母国を危機的状況で追われているという点では避難民も難民も変わらないので、そこを捉え直して議論する機会に、この映画がなっていけばいいなと思います。

あとは、今月17日にスリランカ女性の判決が出て、不起訴になりましたが、適切な医療体制もとられていなかったという点も踏まえて、難民を受け入れている出入国管理制度も見直すべきではないかと思います。

学生の方々のさまざまなご意見、お読みの皆さんはどう思われましたか。活発な意見交換の場は、司会の方の次の言葉で締めくくられました。「今回の映画を通して、監督や皆さんの言うとおり、人事としてではなく、ひとりの人間として、私たちがひとりひとりの人間を尊重することを考えさせられたと思います。今日は難民デーです。誰も逃げる必要のない世界が早く来ることを願っています」

映画『FLEE フリー』は現在、公開中です。

映画『FLEE フリー』公式サイト – 6/10(金)ロードショー (transformer.co.jp)

文:多賀谷浩子