#733 ベイビー・ブローカー vol.3 ~是枝裕和監督 凱旋記者会見を振り返りながら~

前回からお届けしている『ベイビー・ブローカー』記者会見の模様。

ここからは、この日集まった多くの取材陣から寄せられた熱心な質問とその答えをお届けします。ひとつの質問から広がる答えがとても豊かな是枝監督。その模様をできるだけ忠実にお届けしたいと思います。

まず最初に出たのは、韓国で映画撮影を経験されたことについての質問。日本の撮影との違いや、それが日本の撮影にどう還元されるのか……この日、よく耳にしたトピックです。

ちなみに是枝監督にとってはカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュと共にフランスで撮った『真実』(19)に続いての海外での撮影です。

● 韓国と日本の映画製作の違いについて ●

是枝監督:韓国はアメリカのやり方を撮影現場でも導入しているので、クランクインの前に脚本を完成させて、ストーリーボードもプロのストーリーボードを描く方を入れて、全部完成させてからインするのが一般的なのですが、それはやらずに基本的に日本でやっているのと変わらないアプローチのしかたをさせていただきました。

他には働き方改革が非常にいい方向に進んでいて、週52時間という労働時間の条件が明快に決まっているので、感覚でいうと4日で働いたら3日休むという、非常に肉体的にはラクでした。

これは映画界に限ったことではないと思いますが、産業自体の年齢構成を考えると、日本映画はかなり高齢化して、若い人が入ってこない状況がある。それが一番、上に立つ者としては責任を感じますし、問題だなと思っているのですが、韓国では20代30代が中心。集まる記者の方たちも20代30代が中心なんですよ(笑/集まったオトナの記者の皆さんからも笑い)。

日本はそんなふうに作り手も伝え手も高齢化していっている。それが悪いことばかりではないと僕は思っているのですが、韓国では僕の年齢の監督は引退して、現場には立たなくなっている方も多い。今回、撮影監督のホン・ギョンビョさんは僕と同じ歳ですけれど、業界最年長ですから。

 日本だと70代80代でもカメラマンはやっていますし、監督も50代はまだ全然バリバリだなと思って安心していたのですが、韓国だったら、そろそろ肩を叩かれる年齢。改革のスピードが速いことで、すごく若々しいし、元気や勢いがあるのですが、フィルムでの撮影もなくなってきていますし、ある年齢層を現場から外すタイミングが早くなっているんだなというのは感じます。

次に出たのが、アジア映画についての質問。今回のカンヌでは『ベイビー・ブローカー』の他にも、韓国のパク・チャヌク監督の最新作『別れる決心』が監督賞を受賞するなどしましたが、アジア映画や韓国映画のパワーを感じるところについて聞かれました。

● アジア映画を取り巻く世界の反応 ●

是枝監督:韓国映画の注目度の高さは今回、カンヌに行って一番感じたところです。この10年が『パラサイト 半地下の家族』で結実して、今回、カンヌに来ている韓国のジャーナリストの数が『パラサイト』の時の倍になっていましたし、

 僕が泊まったホテルの壁にもパク・チャヌク監督の作品と『ベイビー・ブローカー』のバナーが二つ並んでいて、街中でもいろいろな宣伝が並んでいるのを目にしましたから。

 それと今回、早川(千絵)さんが『PLAN75』でカメラドール(新人監督賞)のスペシャル・メンションで、日本からも若い才能が出てきたっていう感じは間違いなくあるんですよ。それには濱口(竜介)さんがとても大きな成果を上げていて。

 ヨーロッパでは2015年頃、『ハッピーアワー』(15)がフランスでヒットして、そのあたりから、欧米に行くと「ハマグチをどう思う?」という質問を必ず聞かれるようになっています。

 そういう変化は、映画祭をまわっていたり、自分の映画の公開に立ち会っていたりすると、ちょっとずつ感じることなのですが、やっぱり今は韓国映画の勢いにはちょっと負けている感じはします。もう少し日本も色々なサポート体制が充実してくるといいなと思っています。

次に出たのは、子どもの演出についての質問。是枝作品といえば、自然で、何ともいえず心を掴まれる子どもたちの姿が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

『そして父になる』のリリーさん真木よう子さんのところのやんちゃな男の子だとか、これまでの作品の愛すべき子どもたちの顔が思い浮かびますが、今回、途中から出てくる男の子もいい味わい。この男の子についても面白い話が聞かれました。

● 子どもの演出について ●

是枝監督:子どもの演出は、日本でやっているのと同じやり方です。台本を渡さずに、オーディションで見つけた子を撮らせてもらいました。通訳を介して台詞を渡していく、というやり方です。とても勘のいい子だったので、「旅の話だよ」「施設で育ったよ」ということは、もちろんわかっていますけど、旅をしながら、これは段々悲しい話になっていくな……みたいな、その辺は後半に行くにつれて、彼の表情にも表れるようになって。

笠井アナ:子役の演出には定評がありますが、今回はてこずったというお話も聞きます。

是枝監督:映っているものは最高だと思いますね。映画の中に残っているものは、本当によかったと思います。

笠井アナ:……それ(映画の中)以外は?

是枝監督:大変でした(笑)。楽しくて仕方なかったんですよね、彼にとって映画の現場が。はしゃいじゃって、テンションが上がって、止まらなくなっちゃう。撮影する直前まで、そういう感じなんです(笑)。

 そのうちカン・ドンウォンが面倒をみてくれるようになって、ちょっとここは皆が静かに撮影したい気分だなっていう場面では、あの子を連れて、ちょっと遊びに行ってくれて、スケボーを一緒にやってくれたり。そういう面倒見がいいんです、彼は。

 どんなにはしゃいでいても、怒ったりはしないんですけど。モーテルでカン・ドンウォンとイ・ジウンさんが赤ちゃんにミルクをあげながら、ちょっとしっとりとやりとりするシーンがあるのですが、あのシーンで彼がベッドで寝ているのは、本当に寝ているんです、はしゃぎすぎて(笑)。あのシーンを撮りきるまで3時間ぐらい、本当に熟睡していました。

笠井アナ:タイトルにもあるベイビーも見事でした。

是枝監督:オーディションといっても、コロナ禍でしたし、クランクインの2ヶ月前には決めなければいけなかったので、動画を送っていただいて、ほぼ生まれて1ヶ月ぐらいの赤ちゃんを見比べながら。

 僕の判断基準は、顔の作りではなく、動きのいい子。音に反応して動いてくれる子という基準で選んだのですが、それが当ったという感じです。ソン・ガンホさんが動けば目で追うし、顔に触ったり、髪の毛に触ったり。世界に関心があるというか、それがとてもよかったですね。

笠井アナ:赤ちゃんには苦労しなかった?

是枝監督:まったく苦労しなかったです。ご両親がいつも撮影に帯同していますし、現場の医療体制もちゃんとしていて、その辺も見習わなければいけないなと思いました。小型の救急車のような、すぐ病院に運べる車と医師団が同行していて、何かあったら、すぐに運べる体制が常にあって。その辺も本当にしっかりしていました。

笠井アナ:赤ちゃんの、ここはすばらしいなと思ったところは?

是枝監督:(里親の)二人目の候補に、ホテルの広場で会うシーンで、赤ちゃんを渡された女性の頬に触るんです。すると女性が「触ったわ触ったわ」と言うのですが、あれはアドリブなんです。女優さんもそういう反応のいい方で……あのシーンは(赤ちゃんが)すごいなと思いました。

 ちなみに、お話の中で早川千絵監督、濱口竜介監督のお話が出ましたが、是枝監督との関わりでいうと、早川千絵監督が今年のカンヌで受賞した『PLAN75』は、そもそも是枝監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一遍を長編映画化した作品。

そして、濱口監督との関わりで記憶に新しいのが、昨年の東京国際映画祭のトークイベント「アジア交流ラウンジ」。是枝監督が中心になって、海外と日本の興味深い映画人どうしのトークが聞かれる企画ですが、昨年のトップバッターとして濱口竜介監督とイザベル・ユペールを組み合わせたのも是枝監督。ユペールから賛辞を受け、照れていた濱口監督の様子が思い出されます。

会見の模様、次回も続きます。

全国公開中。

映画『ベイビー・ブローカー』公式サイト (gaga.ne.jp)

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