#734 ベイビー・ブローカー vol.4 ~是枝裕和監督 凱旋記者会見を振り返りながら~

前々回からお届けしている『ベイビー・ブローカー』の記者会見リポート。

映画を観て、これまでの是枝作品よりも、大切な場面の感情を言葉で表していたり、描かれる人物たちの行く末に希望が感じられたという人も少なくないのではないでしょうか。やはり会見でも、そんな質問が聞かれました。

カンヌで主演男優賞を受賞したソン・ガンホさんの印象をはじめ、皆さんが気になる色々なお話、今回も会見中のやりとりを大切に、お届けしたいと思います。

笠井アナ:現場でのソン・ガンホさんは、どんな雰囲気でしたか?

是枝監督:本当に楽しい人なんですよ。その場にいると、皆がニコニコしてしまう。なかなかいない。(クランク)インの前にポン・ジュノさんとゴハンを食べて、ポン・ジュノさんのオフィスに遊びに行って、そこで彼がコーヒーを入れてくれて。飲みながら、「いろいろ不安はあると思うけど、ソン・ガンホが現場に来たら、すべてはソン・ガンホのペースで進んでいくから、何も心配はいらない」と。そのとおりでした。

 毎朝、予定よりも30分~1時間早く現場に来て、「昨日、監督がつないだもの(撮影した映像を粗編集した映像)を観られるのなら、見せてほしい」と編集担当に言って、その場でヘッドフォンをつけて、自分のお芝居だけでなく、昨日繋いだ映像を全部観るんです。そのうえで、お昼休みに「すばらしかった」「編集も最高だった」と基本的にすべて褒めてくれるんです。

 それで「最高だったけれど、僕の台詞のあそこだけは、もしかしたら今使っているテイクの2つぐらい前に、いいのがあったと思うんだけど、監督が切り取ったところだけだと、台詞のニュアンスまではわからないところがあるだろうから、もう一度比べてみて。最終的な判断は監督に任せるけれど」と。それを毎日やってくれて、とても助かったんです。

 彼はテイクごとに違う演技をするので。それを僕がどこまで追えているかというのは、ニュアンスでは何とか掴めましたけど、韓国語がわからないものですから、わからない部分をソン・ガンホが補ってくれているのかなと思ったのですが、意外と「どこの現場でもやっている」と言っていたので。自分のお芝居に対する基準みたいなものが、かなり高くて、それをクランクアップまで続けてくれたというのは本当に頼りになりました。

笠井アナ:日本の俳優さんには、あまりない感じですか。

是枝監督:もちろん相談に乗ってくれる役者さんはいますけれど、そこまでは初めてだったかな。最後の仕上げのダビングルームに来て、全編を通して観て、「完成手前の今のタイミングで言うことではないかもしれないけれど、実は僕の台詞でひとつ、途中で切った方がいいと思うところがある。その方が余韻が残ると思うから。間に合えば、そこをちょっと確認してほしい」と言われて、編集室に戻って、確認して切りました。それは本当によかったです、結果的に。最後の最後まで一緒に走ってくれたという感じです。

 貴重なエピソードですが、このお話を伺いながら思い出したのが、『ラスト・サムライ』の撮影秘話。日本が舞台の時代劇を、日本人ではない監督が撮るということで、渡辺謙さんや真田広之さんが時代劇として不自然なところをいろいろ指摘したおかげで、海外の監督が撮った時に起こりがちな“おかしな日本”にならずに済んだというエピソードを公開時に伺った憶えがあります。

監督が言葉のわからない外国で映画を撮る時に、把握することができない言葉のニュアンスや、その国の人だから感じられる違和感を、こうして役者さんが指摘してくれることのありがたさ。毎日それをやってくれたというソン・ガンホさん、是枝監督や映画に対する思いが伝わってきます。編集室のエピソードも、自分のシーンを「足してほしい」ではなく、「カットしてほしい」という提案。主役の台詞をカットするというのは、監督も役者さんを気遣ってなかなかできないところなのでは。そこをさり気なく自分から提案するなんて、スターだなぁ……と、その気遣いにジーンとしました。

そして、次の質問はドキュメンタリーとフィクションの境界線。長くテレビのドキュメンタリーを手掛けてきた是枝監督の劇映画には、ドキュメンタリー出身の監督だから描けるリアリティがありますが、「現実社会にあるセンシティブな問題をエンターテイメントに落とし込む際の境界線は?」という質問が出ました。

是枝監督:境界線……(じっくり考えて)あまりノンフィクションとエンターテイメントを分けて考えていないかもしれない。今回でいうと、あの(ソン・ガンホ演じる)ブローカーの車には、そういう意味でいうと、ノンフィクションだと(撮影する僕は)乗れないから。(彼らの)旅が終わってからしか報じられないことだから、ドキュメンタリーでは入れない(彼らの)車の中にカメラを入れてみるという感じかもしれないです。

そして、是枝作品を観てきた人たちがきっと感じていること。今までの作品と比べて、最後に観た人に希望を与える感じを受けました。監督の中でどうだったのでしょう」という質問について。

是枝監督:よく云われるんですよね。ただ、自分ではそんなにハッピーエンドだとは思っていないんだけど……サンヒョンはウソンをめぐる輪の中には入ってこられないし。

 ただ、希望が感じられるとすれば、ウソンを見る目線が、お客さんも含めて、映画の最初より少しやさしくなっているからじゃないですか。それは、とてもありがたいことだと思います。

 今回、そういう着地をめざしたのは、取材の過程で児童養護施設出身の人とオンラインで話をさせてもらった時に、「自分が生まれてきてよかったのか確信を持てずに大人になっていく」という声を聞いて、それは母親の責任というよりは、確実に社会の責任だから。

 社会の側にいる大人のひとりとして、その声にはきちんとしたアンサーをしてあげないといけないのではないかということを、フィクションという映画ではありますけど、今回は言葉にしてみようかなと思ったんです。それが多分、出たのかなと思います、いつもよりは。

笠井アナ:今の関連でいいますと、監督は(先程)「ストーリーに起伏がないけれど」とおっしゃっていましたけど……。

是枝監督:自分ではあるつもりなんですけどね(笑)。

笠井アナ:今回はよりストレートに豊かな感情表現になっているなというシーンがいくつかありました。意識的にそうされているのかなと思ったのですが。

是枝監督:役者が持っている隠し味みたいなものがあるのかもしれないですね。韓国で撮るからといって、感情を強調したつもりはないですけれど。ただ、少し言葉にしてみようかなと思ったのはあります。(大切な思いを)言葉にする場面は、電気を消して、ちょっと暗くするか。うるさくしたりして、ちゃんと聞こえないようにするか。半分、テレですけれど、そういう出し方をしてみようかなと思いました。

笠井アナ:それはどうしてですか?

是枝監督:ハズカシイから。ドンスを使って、電気を消させました。

次に出た質問は、今回の映画について、キャストの人たちから、どんな話が聞かれましたか?ということでした。

是枝監督:最初に僕が書いたプロットは、もう少しシンプルだったんです。ブローカーと母親が旅をしながら、疑似家族になっていく話で、そこに母親という選択肢を選ばなかった二人の登場人物が母になっていく、その二つの話を併走させようという試みでスタートしているんですけど、映画が出来上った後にソン・ガンホさんが「これは命をめぐる話だ」と、メイキングのインタビューで答えていて。それを聞いて、あ、そうだなと思いました。

 撮影中に、そういう話をしたわけではないのだけれど、撮りながら彼がきっと「家族の話ではなくて、今回はもうひとつ先にある命をめぐる話なんだ」という捉え方をしていたんだなと。そういう捉え方に触れて、自分が「あ、そうかな」と気づくことが、本当はいけないのかもしれないですけれど、監督はありますね。

そして、韓国での撮影の思い出話を聞かれると、

韓国はコロナ禍ということもあって、今、映画の撮影は合成がすごく多いんです。車の走りもグリーンバックが主流になっているらしくて。ただ、僕はあまり慣れないものですから、カメラマンとも話して、それは風が吹いた方がいいに決まっているだろうということで、その分、手間暇かかるんですけど、日本でやっていたやり方と同じやり方をしました。

 張り出しつけたり、台にカメラを乗せて走らせたりしながら、実際の風景の中を車を走らせて撮ったんですけれど、それが気持ちよかった。撮っている時に気持ちいいというのは、グリーンバックではなかなかないんだよね。韓国のスタッフは懐かしいと言っていました。もうこんな撮り方はしないなと。

笠井アナ:あと、イ・ジウンさんが想像以上に人気者だったそうですね。

是枝監督:(彼女が人気者であることは)知っていたんですけど、あそこまでとは思わなかった。街の至る所に彼女の看板やポスターがあって、街中で撮影していると映ってしまうんです。そのぐらい、なかなか日本では誰と比較したらいいのかわからないぐらい。CM女王でもあり、国民的な歌手でもあり、演技もできて、なかなかいないんじゃないですかね。

 そして、会見の途中、記者とのやりとりで出てきたのが、ソン・ガンホさんが受賞した際の取材で「機会があれば、英語圏でも撮ってみたい」という監督の発言について。この話を振られると、監督は笑いながら「いずれ」と一言。会場も温かな笑いに包まれました。

是枝監督:いずれチャンスがあれば、英語圏で撮りたいと話すと、(報道される時に)「いずれチャンスがあれば」がなくなっちゃうんだよね。それで「英語圏で撮りたい」だけ残ると、自分が今やろうとしていることと、ちょっとズレるものだから、「いずれチャンスがあれば」を削らないようにしてください(笑)。

 そして、この日、何度も出た質問。韓国と日本の映画撮影、映画製作の違いについては、

是枝監督:韓国との違いは、まとめるにはまだ早いなと思っています。また、いずれ話します。その人たちと映画を撮るという話ではないんだけれど、受賞後のパーティって、審査員の方たちも一緒になって、意外と皆が気楽にわいわい写真を撮ったりしているんです。

 そこにハビエル・バルデムもいたんですよ。写真を撮ってもらおうと思って追いかけたんですけど、(ハビエルが)ずっと会場中を歩き回るものだから、ずっと追いかけちゃって、ちょっと気持ち悪い感じになって(会場、笑)。

 で、彼がお酒とって、振り向いて、僕と目が合ったら、はっと指さして。(是枝監督のことを)「知ってる!」って感じで。それが一番うれしかった。あの場所で、会いたいなと思って会えない人もいたけれど、こんな人も来ているのかという方も。ジェイク・ギレンホールとかマッツ・ミケルセンとか……単純な映画ファンですね(笑)。そういう人たちを頭の中で組み合わせて、こんな物語はどうなんだろうみたいなことを、いずれチャンスがあれば、やってみたいと思います。

実は、映画祭で会ったことをきっかけに、一緒に映画を作るというのは、よくあること。「海外進出」なんて大々的に報じられることは、人と人が出会う、シンプルで楽しい瞬間から生まれていたりします。

カンヌでソン・ガンホさんが主演男優賞をとって、映画祭のパーティでは、そんな楽しいおまけまで付いた『ベイビー・ブローカー』製作の旅。お話を聞いて観るとまた、ひとつひとつの場面がいとおしく思えてくる。現在、公開中です。

取材・文:多賀谷浩子

映画『ベイビー・ブローカー』公式サイト (gaga.ne.jp)

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