#745 第35回 東京国際映画祭リポート

昨年、カンヌやベルリン、ヴェネツィア……アジアでいえば釜山映画祭のように、国際映画祭としての本来あるべき形へと、大きく舵を切った東京国際映画祭。

映画祭の役割というと、新たな作品や才能を発掘し、世の中に広く知らせるということがありますが、それと同じぐらい大切なのが映画人どうしの交流、映画についての意見交流の場であるということだと思います。

3年前に始まった「アジア交流ラウンジ」は、そんな映画人どうしの対談の場。2020年から毎年、この対談でしか聞かれない組み合わせのトークが行われてきました。その模様は今も公式YouTubeチャンネルで公開されています。

今年はさらに趣向を変え、有楽町・日比谷界隈のおしゃれなカフェを会場に、映画祭らしい、リラックスした雰囲気で行われました。

様々な対談が行われた中、今回は同時期開催の東京フィルメックスでも30周年の特集上映が行われているツァイ・ミンリャン監督と、現在『LOVE LIFE』が公開中の深田晃司監督の対談について、お伝えしたいと思います。

カフェが会場ということで、対談が始まる前から、スタッフの方々をまじえ、すでにトークが始まって、いい感じに場が温まっていたお二人。対談が始まると、普段は人前に出ない監督お二人が、大勢の視線を浴びながら「何か話した方がいいよね……」(ツァイ監督)と照れ笑いをしながらマイクを持つ様子も印象的でした。

今回の対談に向けて、深田監督の『ほとりの朔子』 (13)『淵に立つ』(16)『海に駆ける』(18)の3作品を観てきたというツァイ監督。「私は最近、長編を撮っていないので、深田監督の映画を観て、撮りたくなりました。これは社交辞令ではなく、本当の気持ちです。深田監督と私の作品は、映画を撮る根っこが似ている気がします」

すると深田監督も「僕も『青春神話』(92)から、ずっとツァイ監督の映画を観てきて、映画に出てくる人たちが物語を語ることの犠牲になっていない、その撮り方にずっと共感してきました。だから、そう言っていただけて、とてもうれしいです」

それに対して、ツァイ監督は「私の映画は沈黙が多いです。それは登場する人が孤独で寡黙だから。観客の皆さんには、映画に出てくるこういう人たちが本当にいると思っていただきたいのです。

私の作品は音楽が極めて少ないですが、それは音楽が入ることで登場人物の心情を表現しすぎてしまうから。その結果、ほぼ音楽は入りません。99%リアリズム作家といってもいいと思います。

でも、私の映画には、ちょっとシュールな雰囲気もあると思います。それは私たちの日常にもそんなシュールな瞬間が常に混在しているから。そこを切り取って表現しているわけです」

そして深田監督の『淵に立つ』についてのお話が始まりました。

「『淵に立つ』に出てくる人たちは皆がリアルで、こういう人がいると信じ込ませてくれる。例えば、夫婦関係や家庭の状況を描く、朝ごはんのシーン。その会話や仕草、すべてにリアリティを感じました。

特に食事の場面は、食べ方が人物を表現します。そこで全体的な雰囲気が出来上っていると思いました。

特に浅野忠信さんが表れてから映画の空気が一変する、そこを非常にうまく表現されていて、物語は劇的に進んでいきますが、すべてが非常にリアル。拝見して、心に響くものがありました」

それを受けて深田監督は「言葉にならないほど嬉しいです」と恐縮しながら、「演技については私ひとりの力ではなく、俳優と作り上げたものだと思っています。インタビューを拝読すると、ツァイ監督も俳優と作り上げるとおっしゃっていましたが、

演技というのは監督のイメージを押しつけるのではなく、俳優がある種作っていくものだと思うのです。俳優の方々には目の前の共演者としっかりコミュニケーションをとって向き合うことをお願いしています」

するとツァイ監督が「実は……私はそんなに役者さんと話し合ったりはしないんです」と笑いながら告白。すると深田監督も「それは自分もそんなに」と笑い合うお二人。そのままツァイ監督がこう続けます。

「一番大切にしたいのは、人物がいる空間。その雰囲気を役者さんたちに提供してあげることです。私の作品は台詞に頼って物語を進行していく話ではないので。役者というのは空間とどう向き合って演じていくかが、もっとも重要なんだと思います」

そして「深田監督もわりとなじみの役者さんと作品を撮るところがありますね」と投げかけます。「そこも私と共通しています。あうんの呼吸で撮影ができるというか。お互いよく知った仲ですから、役者さんの状況も把握できるし、役者さんも監督の求めるものをわかってくださっている。深田監督の現場も、そうだったのではないでしょうか。映画を撮る際に一番難しいのが、俳優さんとのコミュニケーション。そこを深田監督はいいバランスで心得ていらっしゃる。それを特に感じたのは『ほとりのさくこ』を観た時でした」

すると深田監督が「俳優さんとのコミュニケーションの取り方は俳優さんによっても、国や文化によっても違うと思うのですが、日本の場合、オーディションがあまり根付いていないので、俳優さんにオファーしても役について話し合う時間が少ないことが多いんです。

だから、初めて会った俳優どうしが長年連れ添った夫婦を演じるということも、起きてしまったりします。自分はそうならない方がいいと思っているので、俳優さんとはできるだけ時間をかけて話すようにしています」

そして、ツァイ・ミンリャン作品の観客にとっても親しみの深い俳優リー・カンションとのタッグについて「毎回出てくると安心感があって大好きです」と言うと「ありがとうございます」とうれしそうな笑顔を見せたツァイ監督。そしてリラックスしたムードで切り出したのは「深田監督の作品は興行的にはいかがですか?」

ハリウッド大作や商業的な娯楽作のように、大勢の観客が観るというタイプの作品ではないお二人の作品。ツァイ監督は「私は爆発的なヒットをしたという経験はありません。それでも自分では満足しています。1作1作、大好きですから。そして賞味期限の長い作品を撮っていると自分でも思っています。『青春神話』は92年の作品ですが、今、アメリカで配給されています。深田監督もどうやら私と同じ路線を歩んでいるのではないでしょうか(笑)」

すると「光栄です(笑)」と深田監督。「100年先、自分より長生きする作品を撮りたいと思っている」と監督。「僕もそうやって古い映画を観てきましたから。自分がもっと若い頃にインディーズの作品の配給がフランスで決まったり、作っておいてよかったなと。細く長く観られる作品になればと思います」

ここでツァイ監督が「日本と台湾で映画をめぐる状況に違うところがあるのを感じます」と話は本題へ。「日本は依然として映画の強い国だと思います。それはマーケットの話ではなく、作品性から見てのことです。台湾は、以前はほぼすべての映画が商業映画でした。その状況を変え、台湾映画を世界に知らせたのが、80年代のホウ・シャオシェン監督です。

当時の状況をお話すると、毎年300本の映画が台湾で制作されていましたが、ほぼ同じテストでしたから、観客も飽きてきていました。興行的にも難しく、映画会社のお金は香港や台北へ流れていっていて、どういう映画がヒットするかわからない、そういう時にホウ・シャオシェン監督が出てきたわけです。

ちょうどその頃、台湾では長く続いていた戒厳令が解除されて、様々な題材の映画が許可されて撮られるようになりました。エドワード・ヤンのようにアメリカから帰ってきた監督もいれば、日本から帰ってきた監督もいて、ホウ監督のようにヨーロッパの監督に影響を与える作品も出るようになったのです。

その頃から十数年、台湾映画は輝かしい時代に入りました。そして、製作本数はそんなに多くはありませんでしたが、いい作品が生まれて、『青春神話』(92)が公開された夏は8本の台湾映画が日本で公開されました。

しかしながら、今の台湾映画の状況は、ホウ監督や私が撮っていた頃とは、かなり違ったものになってきています。最近は商業的な傾向で、ジャンル映画に偏ってきている。マーケットとしては賑わいを見せていますが、以前の輝きはなくなってきていて、それを私は非常に残念に思っています。

一方、日本では深田監督や濱口竜介監督のようなすぐれた監督が出てきていることをうれしく思っています。深田監督は個人の創作の道を突き進んでいる。独自の映像言語を模索して、活力のある映画を作っておられる。それを感じます。その点が、映画にとっては一番大事だと思うのです。興行収入とは別のところで、映画として大事なところだと思います。

映画を作るというのは、一種、簡単なことだと思います。でも本当の意味で創造性を持った作品を撮ることは非常に難しい。そういう意味で、今も日本は映画の強い国なのだと思います」

それを受けて、「映画の強い国とおっしゃっていただくと、日本の若い映画監督が経済的に難しかったり、そういう状況はありますが」と前置きしたうえで「ツァイ・ミンリャン監督の作品が自分にとても勇気を与えてくれる作品で、こうやって映画を撮っていいのだと思わせてくれる作品だったということは強くお伝えしたいです」と深田監督。「インタビューで自分のイメージした世界を描くとおっしゃっていたことにとても共感しています。

表現というのは、私にはこういう風に世界が見えているということを他者にフィードバックする作業と思っています。ツァイ監督の映像を見ると、私たちが日常でとなりの人を見るように、簡単には理解できない他者がいる。すごく緊張感のある映画鑑賞体験だと思います。

想像力に開かれているところもすばらしく、例えば、『愛情萬歳』のラストシーン。ずっと泣き続けている女性の顔を撮り続ける。泣き止んで、ポジティブに映画が終わるかと思うと――。彼女のその後についてはお客さんの想像力に開かれている。そこも共感するんです。

一方で、そういう表現はお客さんの共感は呼びにくい。興行収入には結びつきにくいと思うのですが、こういう撮り方をしていいんだと非常に勇気をもらいました。『愛情萬歳』も『青春神話』も『郊遊 ピクニック』(13)も作り手にとっては勇気を与えてくれた作品です。こういう作品を遺してくれて、ありがたいです」

するとツァイ監督が「映画には、作品を観てくれる観客も大切。私は、いい観客がいろいろなところにいるのを感じます。日本はそういうお客さんが多いと思うんです。思い出すのは『河』(97)の配給を考えて、最初に観てくれた日本の方。「素晴らしい作品だが、日本での配給は難しい。なぜなら美しいヒロインがいないから」と言われたんです(笑)」

すると深田監督が「そうでしたっけ(笑)」と笑い合う二人。会場からも笑いが。ツァイ監督が続けます。

「その後、『河』はベルリン映画祭のコンペティションに出品されて、最初の上映の日に、日本の別の配給の方にお会いしたんです。その時、彼は私の手を握って『ツァイ監督、私はあなたの映画を買いました』と。その会社が配給してくれて、日本にプロモーションに来た時に、その方になぜ配給しようと思ったのかを聞いたら、「私はこの作品を日本のお客さんに見せたいと思ったからです」と。日本の配給会社の方には、そういう目を持った方がいらっしゃるわけです。

台湾にも、いい配給会社はありますが、そう多くはありません。以前、私は自分でチケットを売っていました。公開1ヶ月間から、私と役者さんが街に出て、街角で売るのです。1万枚売ったところで、そのチケットを劇場の方に見せて、「これだけ売れましたから、必ず観客は来ます。2週間はかけてください」と。そこまでやらないと私の作品は1日で上映が終わってしまいます。そんな感じで10年間、自分で配給をしてきて今、感慨深い思いでいます」

アジアの観客に比べ、ヨーロッパの観客の方が、アートやアート映画になじみが深いことについてのお話も。それゆえ、ヨーロッパの美術館と組んで、最近は映画を上映しているとツァイ監督。ルーヴル美術館から依頼された『ヴィザージュ』(13)が思い出されます。

すると、「私の作品を観てくださるお客さんもフランスに多いですが、フランスでは小学校の頃から映画の授業で小津作品を観ている。そういう環境でお客さんが少しずつ育ってきている状況があると思います」と深田監督からも興味深い示唆がありました。

お二人のお話が途切れることなく、続いた約50分間。ここで、会場からの質問に。世界的にヒット作を送り出している韓国映画について問われると、

「韓国映画では私はイ・チャンドンの作品に共感しますが、アート映画が難しいのは韓国も似た状況があるのではないでしょうか。ただ、深田監督もそうだと思いますが、私の作品は、撮る際に反対する人がいません。

映画を撮るということには、自分の好きな作品を撮る、大衆に受ける作品を撮る、その二つがあると思います。私は自分の創作を追求し続けていく。それは映画産業とは隔たりのあることなのだと思います」

そして深田監督から、再び興味深いお話が。

「ちょうど最近、是枝裕和監督や諏訪敦彦監督、西川美和監督とやっている「日本版CNC設立を求める会」で、韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)や映画関連団体との懇談会で意見交換をしてきました。

日本の今の作家性の強い監督が経済的に大変な状況を考えると、フランスにはCNC(国立映画映像センター)という映画のための公的機関があって、韓国にはKOFICがあって、日本にはそういった機関がないのです。

韓国だと興行収入の3%をプールして再分配する形を取っていて、商業性の低い作品、それを多様性の映画と云っていますが、そういった作品に助成していく体制を取っています。若い監督の作品もその助成を得て作られていると聞いています。こうした映画振興が韓国映画に10年、20年後に結果を出していくのではないかと思います」

いよいよ時間が来たということで、締めの一言を求められたお二人。深田監督が「若い頃から見てきたツァイ監督とこうしてお話ができるなんて20年前の自分に教えてあげたい」と言うと、ツァイ監督が「私も今日はうれしかったです。私は毎日楽しいです。日々撮りたい作品を撮っています。今日はありがとうございました」会場は温かな拍手に包まれました。

 

今年の「アジア交流ラウンジ」。他にも興味深い対談が。例えば、舞台演出家として世界的に活躍するジュリー・テイモアさんと行定勲監督。独特の世界観が一度見たら忘れられないテイモア作品ですが、そこには歌舞伎や日本の様式美の影響が見られます。

そんなジュリーさんが審査員長を務めたことも興味深い、今年の東京国際映画祭。『ある男』も見応えがあった石川慶監督を迎えた、プロデューサーとしても活躍する川村元気さんとの対談「日本映画、その海外での監督」や、人気を呼んだ是枝監督の対談(アジア交流ラウンジでは橋本愛さん、他に松岡茉優さんとの対談も)など、様々な角度から映画人の「声」が楽しめました。映画祭のイベントの模様は一部、今も公式YouTubeチャンネルで視聴可能です。来年に備え、楽しんでみませんか。

第35回東京国際映画祭

公式サイト:第35回東京国際映画祭(2022) (tiff-jp.net)