瀬戸内寂聴さんの命日の前日、11月8日に行われた『あちらにいる鬼』トークつき上映会の模様。4回にわたってお届けしてきましたが、今回が最終回です。これまでの3回とともにお楽しみください。
通路を挟んで、微妙に離れたところにあるんです
―同じ作家として寂聴さんのことはどうお考えですか。女流作家の先駆者と言われていますが。
まず、作家としてだと、やっぱり寂聴さんは言葉の方だと思うんですね。寂聴さんの言葉の遣い方というのが私はすごく好きで、作家としては、そこを一番尊敬していますね。どんな言葉を選ぶかというのは、結局、その人が人生や世界をどういう風に見ているかということと結構関わってくるんですよ。いつもいつも寂聴さんは「これしかない」という言葉を遣って小説をお書きになっていて、それは寂聴さんが「私はこうするしかない」という風に生きてきたということだと思うんです。自分の心だけに従って生きてきた。最近よく「女性がずっと女流作家という括りで男より下に見られてきた時代に、寂聴さんが道を拓いてきたんじゃないですか」と聞かれるのですが、それは事実としてその通りなのですが、寂聴さんはそんな存在になろうと思ってやっていたわけではなくて、やっぱり自分の心に従って、自分の心だけを信頼することで書いてきた。例えば、「こう書けばもっと売れる」とか「この間これを書いて批判されたから、もっと穏やかなものを書こう」とか、そういうことはなさらなかった。それが結果的に女流作家というものを底上げしてきたということなんじゃないかと思います。
―ここで会場の方からの質問を。井上さんは大人になって、3人の関係を知った時、どのように受け止められたのでしょうか。
井上:それは急に知って衝撃を受けたということではないんですね。小さい頃からじわじわと「うちの父親はなんか変だよね」と知っていくわけです(笑)。だから、気がついたら、なんか知っていたみたいな感じで。小説や映画を観てもわかるとおり、うちの中はまったく平和だったので、例えば「寂聴さんとそんな関係だったの……フケツ!」とか「え!許せない」とか、全然そういう風にならないんですよ。あ、そうだったのか、そんな気はしていたなみたいな(笑)。そういう知り方でした。
―一般的な正しさの基準では計れないところで想い合っている関係かなと思います。
廣木:映画を観る前の方には詳しくお話しませんけれど、皆でごはんを食べるシーンがあるんです。寂聴さんが帰って行くのを見送る二人っていう、僕の思う3人の関係性をあそこでやれたかなという気がちょっとしています。
―手を握っていましたね。
廣木:あれは寺島さんがアドリブというか、その場でやったことなんです。数珠を手に握らせるんですよ。あまり写っていないんですけど(笑)。自然にそうやってくれて、それがすごくよくて。皆の最後の表情も素晴らしかったです。
―みはるの笙子への共感が書かれている一方で、笙子がみはるのテレビ番組を観ていて、光晴が帰ってきた時にそれを消すシーンがありますね。
井上:本当に仲がよかったんですよね、母と寂聴さんは。ただ、それはやっぱり、ただの仲の良さではなくて。もちろん知っているわけですから、母は。父がいない時に寂聴さんの出る番組を観ていたということを、父に知られたくないぐらいの屈託はあったわけですよね。でも、そういう気持ちは隠そうと決めて生きてきた。今、不倫された奥さんはナントカ妻とか言われて、いつも怒りに燃えているとか悲しみに沈んでいるとか思われがちですけれど、そうじゃない人たちのことを私は書いたということで、100の関係があれば100通り違う、世界はそういうことでできている。そういう風に見ていただけるとうれしいです。
―寂聴さんと井上家のお墓は近くにあるそうですね。
井上:そうなんです。天台寺という岩手県のお墓で、もともと寂聴さんがそのお寺の住職をやっていた時に墓地を作ったんですよ。父が亡くなってから7年後ぐらいにその墓地が完成して。それまで父の遺骨はうちのクローゼットの中にあったんですけど(笑)。それで寂聴さんから母に電話があって、「あそこの墓地に入れたらどうかしら」って。母は本当に私たちに何の相談もしないで決めちゃったんです。私たちも「あなたがいいならいいよ」って。その後、寂聴さんは自分のお墓もそこに作ることにして……隣ではないんですね。私におっしゃっていましたけど、「隣にするのはちょっと図々しいから、ちょっと通路を挟んで横にしたわ」って微妙に離れたところにあるんです(笑)。全然離れているわけではないんですよ、ちょっとだけ離れているんです。
廣木:今日、お話を伺って、映画より、こっちの方が面白いなと思いました。ちょっとヤバイですね(笑)。でも本当に(小説の)いいところだけとって映画にしていますので。3人の関係性は一見すると変に思われるかもしれないですが、人間どうしの関係として、人に何か言われることもなく、この3人がそこに存在しているのが、僕はすごく素敵だなと思いました。
井上:本当にいい映画なんです。自分が今まで見たことのない風景みたいな感じで見ていただくと、こんな景色もあるんだって……それはもちろんストーリーでも、役者さんたちの表情でも、いっぱい新しい発見をしていただければうれしいなと思います。
公開中。
映画『あちらにいる鬼』公式サイト 2022年11/11公開 (happinet-phantom.com)
(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会