今年も10月28日から11月5日まで、東京・六本木ヒルズを中心に開催された東京国際映画祭。
映画祭の主軸となるコンペティション部門でグランプリを受賞したのは『わたしの叔父さん』。『Uncle』という英語タイトルのデンマーク映画です。シブイ英題からも感じられるとおり、この映画、滋味深いのです……。
タイトルにもなっている「叔父さん」は劇中で体を悪くして、この映画の舞台となる、長年営んできた牧場の経営ができなくなってしまいます。
そんな彼に代わって牧場を継いだのが、姪である主人公・クリス。彼女には獣医になる夢があって、そのための大学も受かっているのですが、今、牧場を離れるわけにはいきません。
そう聞くと、夢と現実の狭間で苦しむヒロインの話みたいですが、もちろんそんなところが描かれながらも、この映画、よくあるステレオタイプとはちょっと違うのです。
どう違うのかーーというと、彼女の思い。
体が言うことをきかない叔父さんの世話をしながら、ひとり牧場仕事にあけくれるクリス。そんな日々の中、彼女は自分を夢から遠ざけている原因=叔父さんのことを、決して嫌っているわけではないのです。
物語の前半は、淡々とした日々に、彼女の思いは顕れません。ただ普通に、叔父さんを世話し、彼と食卓を囲む、いつもの日常があるだけ。
けれど後半、幼い頃から親しんできた叔父さんへの思いがあらわになるシーンがあって、彼女の抱えるなんともいえない感情に心を動かされます。
上映後の記者会見に登壇したフラレ・ピーダセン監督はこう言います。
「僕もイエダ(主演女優)もデンマークの南の方の生まれ。そこに暮らす人たちは自分の夢を叶えたいなら、かなり遠方の大学まで出ないといけないんです。僕は故郷を離れたクチだけど、故郷に残る人もいるんだよなぁって。そういう人たちのことを考えながら、このストーリーを書きました」
そんなピーダセン監督と、クリス役のイエデ・スナゴーさん、プロデューサーのマーコ・トランセンさんが登壇した上映後の記者会見は、音声でお伝えしたくなるほど、なんともいい雰囲気。
たとえば、この映画の多くを占める牧場シーンは、自然光を活かし、ありのままスクリーンに運ばれていて印象的なのですが、撮影当時のことを聞かれた監督は、
「デンマークは冬が厳しくて、夏が短いんです。雨も多くて、撮影はもちろん晴れの日にと思うんだけど、撮影中はいつも雨が降ってました。ひどかったよ(笑)」
と、気さくなお人柄。「映画の中に出てきた渡り鳥は何ですか?」という、ちょっとマニアックな質問が会場から出ると、さりげなくプロデューサーにスマホをパスして「ネットって便利ですね」とにっこり。
どうやら自分が別の質問に答えている間に、プロデューサーにネット検索してもらっていた模様。そのユーモアに会場が和みました。それに加え、この3人、とても気心が知れている。実は監督、クリス役のイエダのことを以前から知っているのだそうです。
その事実が明らかになったのは、演技のことを聞かれたイエダの「叔父さんは幼い時から知っているから、やりやすかった」という言葉。
会場が「???」という空気になり、司会の方が掘り下げてみると、なんとイエダさん、映画になる前は獣医だったそうで、叔父さんは彼女の実際の叔父さん、長年、牧場を経営してきた方なんだそうです。どうりで淡々と描かれているクリスの牧場ワークが自然だったわけです。
「彼女のことは昔から知っていて、以前の作品で、あの農場をロケ地に使ったんです。だから、今回の脚本は彼女をイメージして書きました。イエダの叔父さんのピーターはあの農場に生まれ育って、25歳で牧場を受け継いで、ずっとファーマーをやってきた人。彼が63歳の時に『あなたのことを映画にしたい』と言ったら、すごく軽い感じで『いいよ』って(笑)。
イエダもピーターも俳優経験はないのに、演技力があって助かりました。普通の役者だと、あそこまでリアリティが出ないと思うから。フィクションだけど、牧場の暮らしに慣れている二人のおかげで非常にリアルな作品になったと思います」
劇中、日々の何気ない描写に、じんわりといいものが滲んでいるのは、この関係性ゆえなのかもしれません。映画は正直だな……と思った映画祭の1日でした。
東京国際映画祭 公式サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/