公開中の映画『FLEE フリー』。
今年のアカデミー賞や昨年のサンダンス映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭……各国の映画祭で話題になった作品ということ、そして今考えるべき難民の問題が描かれているということもあって、関心をお持ちの方も多いと思います。
もちろん、そういった社会的な側面からも見応えのある作品なのですが、この映画は1本の映画として、大きな魅力を持っている。ひとりの人の人生を描いた作品として、とても心を揺さぶるものがあります。
難民として命懸けの旅路を生き抜いてきた主人公の道のりの中に、想い合う家族がいたり、恋をしたり、当時の流行歌が流れたり……主人公アミンの普通の人生がちゃんと描かれているのです。
監督の描き方が巧い。流行歌というのは、同時代を生きた人どうしをぐっと近づける作用がありますが、冒頭で流れるのがA-HAのヒット曲“Take on me”。
若い世代の人たちにはあまりなじみがないかもしれませんが、ある世代から上の人にとっては懐かしすぎる選曲で、遠い国のひとりの男性の物語が、世界中の観客にとって一気に近しい問題として感じられる。重たい物語に引き込む掴みがウマイのです。
そして、アニメーション映画の中に、時折、実写映像が差し挟まれます。アミンが歩んできた道のりは激しく痛みを伴うもので、すべてが実写映像だったら、観客の正視に耐えなかったかもしれません。
それが、アニメーションであるという、観客にとっては現実からワンクッション置いた表現になっていることによって、最後まで引き込まれながら、結果的にアミンの歩んだ境遇について観客それぞれが考えさせられる作品になっています。
時に差し挟まれる手書きのタッチの映像も印象深い。上のシーンはおそらくアミンにとって辛すぎる記憶ゆえ、奥底にしまいこんできた記憶なのではないでしょうか。まともに思い出すのが辛い日々のことだからこそ、こうしたおぼろげな表現になっているのかもしれません。
先の実写映像、そして、こうした手描きのタッチ……質感の異なる映像を、観客に意識させることなくスムーズに織り交ぜ、物語の世界に深く引き込みます。世界の映画祭でたくさんの賞を受賞しているのも頷ける、巧みな映画なのです。
世界難民デーである6月20日には、青山学院大学で、本作の上映+学生の皆さんのディスカッションによる特別授業が行われました。次回は、その模様をお届けしたいと思います。
文:多賀谷浩子