公開中の映画『ボイリング・ポイント/沸騰』。もうご覧になりましたか? こちらの作品、90分間にわたる全編がワンショットで描かれているのです。
全編ワンショットというと、
ヒッチコックの密室劇『ロープ』(1948) や
アカデミー賞で作品賞を受賞したアレハドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)
サム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』(2019) あたりを思い出される方も多いのではないでしょうか。
そんな作品の中でも驚かされるのが、こちらの作品、編集もCGも入らない正真正銘のワンショットだということ。次第に高まる有機的なエネルギー。監督と役者が集まって作った映画だということを忘れさせるほど、そこには本物のレストランが活気づいています。
舞台はクリスマス直前の金曜日、1年で最も忙しい時期のロンドンで人気のレストラン。
照明を落とした、おしゃれなムードのお店は、厨房とフロアが一体化した広い作りで、どこか舞台空間のようにも見えます。そこに登場するのが、この店のオーナーシェフ、アンディ。
登場早々、店内を縦横無尽に動き回り、それぞれの部署で働くスタッフに矢継ぎ早に注意点を告げていくアンディ。そのテンションの高さとともに、カメラはアンディを追いかけ、レストラン中を移動してゆく。
演じるスティーヴン・グレアムの仕掛ける熱気が、その場にいる人々に降りかかり、役者たちが配置されたレストランが、たちまち本物のそれとして躍動しはじめます。
開店前のレストランは問題山積。こちらで問題が解決したと思ったら、あちらで別件が。その躍動感をワンショットのカメラが緊迫感たっぷりに追いかけていくのです。
厨房で働くのは、年齢も境遇もさまざまな人たち。プライベートや仕事の環境、人には言えない悩みをそれぞれが抱えています。
そんな悩みが、ふとした拍子に顔を出す。それを通りがかりのカメラが掬いとる。自然なようで計算された緻密な作りで、その場にいる人たちのドラマが徐々に語られていきます。
そこには、レストランで働いている人でなくても、それぞれの立場で「わかるなぁ」と思う人々のドラマが。
特に、上司や中間管理職の立場にいる人は、アンディに共感するのではないでしょうか。オーナーシェフの目の届かないところで、お客さんに心配な対応をとる若い接客スタッフがいたり、経営に関するトンデモナイお題を急遽、投げかけられて、長年の仕事仲間との間で窮地に立たされたり……そのあたりの縮図感がリアルなのです。
本作を手掛けたフィリップ・バランティーノ監督は、現在30代の新鋭ですが、その演出は、どこか優雅。これだけスピード感のあるワンショットを撮りながら、せわしなさがない。大勢の集まるレストランの雑然とした活気が、美しい1本の作品に仕上げられていて、そこがこの映画の大きな魅力になっているように思います。
最後まで観ると、実はこの作品が現代的なテーマであることにも気づかされます。映画好きにとっては、発見の多い1作なのではないでしょうか。イギリスのアカデミー賞で4部門、インディペンデント映画賞(BIFA)で11部門にノミネートされた話題の映画です。
文:多賀谷浩子
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中
http://www.cetera.co.jp/boilingpoint/
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