#741 『あちらにいる鬼』 井上荒野さん&廣木隆一監督 トークつき上映会リポート vol. 1

本日から公開される『あちらにいる鬼』は、父である作家・井上光晴と瀬戸内寂聴、そして母の3人をモデルに描いた井上荒野の小説の映画化。2019年に単行本が出版され、大いに話題になりました。

そんな映画の公開を控え、昨年、亡くなられた瀬戸内寂聴さんの命日を翌日に控えた11月8日、井上さんと廣木隆一監督を招いてのトークイベントが行われました。貴重なお話の数々、お届けします。(MC:奥平レイラさん)

父との恋あるいは愛を、なかったものにしたくないんだなと思ったんです

―映画をご覧なっていかがでしたか?

井上:インタビューなどで映画の感想を聞かれると「ぐっと来ました」とお伝えしているんです。本当に原作に忠実に作っていただいているのですが、映画を観ると、自分が描かなかったことが表れている感じがして。それは役者さんの表情や風景、風や光の感じ……。小説だと「今、彼女はこんな気持ちでいる」ということを10行で書いたりするわけですが、書けば書くほど本当から遠ざかっていくような気がするんです。それでも書かなければいけないので言葉を選ぶわけですが、そういう風に私が考えて考えて書いたことが、役者さんの表情ひとつ、光の加減ひとつで、一番正しい方法で胸に迫ってくるというか、そんな感じのする映画でした。

廣木:直に原作者さんの感想を聞くことはなかなかないので、ドキドキしました(笑)。そう読み取ってもらえたら、うれしいなという感じです。

―この作品を書かれようと思われたきっかけは?

井上:母が亡くなったタイミングで、担当の編集者から「3人の関係を書いてみませんか」という提案があったのですが、その時は「そんなスキャンダルで売るみたいな小説は書きたくない」と一回拒否したんです。その後、寂聴さんが体調を崩されて、今考えると失礼な話なのですが、もう会えなくなってしまうかもしれないと、江國香織さんや角田光代さんを誘って寂庵まで会いに行ったんです。お酒を飲んだり、ごはんを食べたりしたのですが、その間、寂聴さんはずっと私の父の話をしていたんですよ。「光晴さんがこんなことを言ったのよ」とか「このお店のお豆腐が彼、大好きだったの」とか、本当に好きだったんだなとその時、思ったんです。その時点で寂聴さんは父との関係を公にはされていなくて、小説に父らしい男は出てくるのですが、設定を変えていたりして、エッセイでもぼかして友人だったと言っていらっしゃったんですよね。だけど、これは父との恋あるいは愛を、やっぱり、なかったことにしたくない、どこかに残しておきたいんだなと、私はぐっと来て、これは私が書かなきゃだめなんだなと、その時に思ったんです。それがひとつのきっかけではありますね。

―書かれる前から何回か寂聴さんにお話をお聴きになられたそうですね。

井上:小説を書くと決めた時に改めて寂庵に伺って、父と寂聴さんと母のことを書きたいとお伝えしに行ったんです。そうしたら、寂聴さんが「絶対書いてちょうだい。何でも話すから、何でも聞いて」とおっしゃってくださって。

―お母様から寂聴さんのお話を聞いていたことはあったんですか。

井上:寂聴さんはずっと、うちの中では父と仲のいい友達の、尼さんの作家という。出家されてから、うちにも普通に電話が掛かってきましたし、特に寂聴さんのことを母から聞いたってことはなかったです。だから、父と恋仲だったということも、私はものすごく大人になってから知ったんですよね。

―単行本が出版されたのが2019年の冬ですが、映画の脚本の初稿は年末ぐらいに上がったそうですね。かなり早いですが。

廣木:そうですね。コロナの影響で撮影を1年後ろにずらしたんです。そういうことがあっても、いつかは必ずちゃんとやれる作品だと思っていましたが、1年延ばしても同じキャストでやれたので、それは作品の持っている強さですよね。

井上:すごく早いタイミングで映画化のお話をいただきましたよね。単行本が出て、もう映画化の話が来たの?というぐらい。うれしかったです。

次回に続きます。

映画『あちらにいる鬼』公式サイト 2022年11/11公開 (happinet-phantom.com)

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会