#742 『あちらにいる鬼』 井上荒野さん&廣木隆一監督 トークつき上映会リポート vol.2

前回からお届けしている公開中の映画『あちらにいる鬼』のトークイベント。劇中で寺島しのぶさんが演じている「みはる」のモデル・瀬戸内寂聴さんの命日の1日前、11月8日に原作者の井上荒野さん、廣木隆一監督を招いて行われたイベントの模様をお届けします。

寂聴さんは多分、自分でも書きたくなったんだと思うんです

―今日の井上さんのネックレスがとても素敵です。

井上:今日このためにつけてきたのですが、寂聴さんと恋仲だった時に父がソ連に旅行したんですね。その時にソ連みやげとして寂聴さんに贈ったものなんです。この小説を書く時に寂聴さんに何度かお話を伺って、その時が最後の取材の時だったそうなのですが、このネックレスを出してきてくださって、「これ、あなたのお父さんからもらったの。あなたにあげるわ」って。父もびっくりしていますよね、私が今これをしているというのが(笑)。

―原作の中にも、ロシア人女性を篤郎がみはると見送りに行くシーンがあります。まさにその前にソ連に旅行に行かれたんですね。

井上:そうです。だから、寂聴さんにはネックレスをおみやげに買ってきたのに、ロシアではまた女の人を作っていて、その人が日本に来ちゃって、ロシアに帰る時のお見送りに寂聴さんを連れていったという……もう何がなんだか……(笑)。

廣木:そこ、映画の中にも最初は入れていたんです。いろいろな関係で欠番になってしまいましたが、本当に面白いエピソードですよね。

井上:別れる時にロシア人女性から包みを渡されて、寂聴さんがいる前で、それを開けたら、パンティが入っていたという(笑)。これは寂聴さんから直接伺ったエピソードなので、多分、本当だと思うんですけど。

―単行本の帯で寂聴さんが大絶賛されていましたが、他に寂聴さんの印象的な言葉はありますか。

井上:とにかく本当に最初から励ましてくださったんです。連載していた雑誌に第1回が載った時にお電話くださって、「すごくいいから、どんどん書いてちょうだい。何でも喋るから」って。小説が出た後は「もっと何でも聞いてくれればよかったのに。遠慮しないでもっと聞いてくれれば、もっと喋ったのに」とおっしゃっていて。まだまだ喋りたいことがあったというか、多分、彼女は自分でも書きたくなったんだと思うんですよね。同じ話を、自分の側から。

―それだけパワーのある作品ですが、監督は映画化される時に意識されていたことはありますか。

廣木:そうですね。実在する方をモデルにしているので、小説というフィクションの中でちゃんと役者さんが立っていなければならないというのはずっと考えて撮っていました。今思ったんですけど、「あちらにいる鬼」という題名は最初から決まっていたんですか。

井上:いえ多分、連載の1回目を書き終わったぐらいの時に考えたんだと思います。私はタイトルを決める時のために、いろいろな言葉をメモしているのですが、それをずっと見ていたら、「愛の鬼」という言葉が書いてあって。これはある種、愛の鬼たちの話だなと思ったんです。でも、「愛の鬼」だと、なんかあまりにも……(笑)。

廣木:(笑)

井上:愛という言葉は遣わない方がいいなと思って、いろいろ考えて、鬼というのはそれぞれの女たちのことにもとってもらえるし、あるいは私の中では鬼ごっこの鬼みたいに、父が鬼で、あっちにも鬼はいるよっていう。「鬼さん、こっちだ」の「あちら」みたいな意味もちょっとあったんです。

廣木:ああ~(とうなづく)。

―篤郎を演じた豊川悦司さんもタイトルについて「3人で鬼ごっこをしているようだ」とインタビューで答えていましたね。

廣木:まさにそうでしたね。

次回に続きます。

映画『あちらにいる鬼』公式サイト 2022年11/11公開 (happinet-phantom.com)

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会