#743 『あちらにいる鬼』 井上荒野さん&廣木隆一監督 トークつき上映会リポート vol. 3

映画『あちらにいる鬼』の公開日からお届けしているトークイベントの模様。3回目となる今回は、劇中で寺島しのぶさんが演じている瀬戸内寂聴さんをモデルにした「みはる」の話からスタート。井上さんの語る寂聴さんなど、貴重なお話が聞かれました。

そこだけは、本当だったんです

―寂聴さんをモデルにした「みはる」が剃髪するシーンもありました。

廣木:わりと順撮り(映画と同じ順番で撮影していくこと)だったのですが、後半、あのシーンを撮影する間近になって、寺島さんが自分から「私やるわ」と言ってくれたんです。皆そう言ってくれるんじゃないかなと思っていたんですけどね。「やった!」と思いました。

―あの時の寺島さんの表情、何ともいえないですね。

井上:何ともいえないし、多分、あの時、寺島さんご自身と、役柄のみはるが寂光になる時が重なっていましたよね。すごいシーンだったと思います。

―生前の寂聴さんをご存知の方は、見た目が似ているというよりは、どこか内面が重なって見えるとおっしゃっる方もいたようです。

井上:そうなんですよ。顔立ちは違うのに、やっぱり何か重なるものがある。もちろん重ならないところもあって、そこは寺島さんの解釈したみはるという女だと思うんです。

廣木:そうですね。

井上:そこもすごく素敵でぐっと来るんですけど。また豊川さんもうちの父に妙に似ていて、これが本当に不思議で……だって見た目とか全然違うのに。身長も1.5倍ぐらい違うんですよ、うちの父と。

廣木:ああ、そうなんだ。

井上:そう、小さいんですよ、うちの父は。私より少し大きいぐらいの身長だったので。顔ももちろん全然違うのに、妙に似ていて。うちの妹もテレビでこの映画の映像を見て、「妙に似ているよね」って言ってきて。それは多分、役作りということですよね。

―光晴さんのお話になりましたが、監督は同じ男性として光晴さんの魅力はどんなところだと思いますか。

廣木:うーん、やっぱり優しいんだと思います。誰に対しても、女性の方にも、常に。何事にもやさしい。それはすごく強いなと思うし、あと、作家さん的な目線があって、自分の本心はあまり外には出さずに、人には優しくするというのが、やっぱりモテる秘訣なんだなと思いますね。

井上:うちの父は本当に、今で云う“クズ”であることは間違いないと思うんです。女の人にだらしなくて、やりたいことをやって。だけど、うちの父は小説家になる前にもともと革命家になりたいと思っていた。戦後、世の中のいろいろな価値観が変わっていく中で、共産党に入って、「皆、平等に幸せになるべきだ」という考えでずっと活動してきて、共産党を除名になった後に小説家になってからも、そこだけはずっと変わらなくて、本当なんですよね。娘として父はテレビのニュースやいろいろな出来事を見聞きして、弱い人のためにいつも怒っている人というイメージがあって、そこだけは本当だったという。それがまたどうしようもないところでもあって、小説の中では母(をモデルにした笙子)に「砂は砂だけでできていればいいのに」と言わせているんですけど。そういう人間として、いいところが根源的にあったと思うんですよね。もうひとつは今、監督がおっしゃってくださった「人に優しい」というところ。想像力がものすごく優れていて、人に会った瞬間に二言三言喋った時にその人のことを見通す力があったんですよね。

廣木:へえ~。

井上:だから、これは寂聴さんとも話していたんですけど、喋っていると、いつも、その人が一番言ってほしいことを言うんですよ。それは娘としても、すごい能力だなと。それを十全に発揮してモテていたわけですよね(笑)。

次回に続きます。

映画『あちらにいる鬼』公式サイト 2022年11/11公開 (happinet-phantom.com)

(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会